海と食の未来をつなぐ人の
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海に囲まれた日本には、
暮らしの中で育んできた海の食文化があります。
食を切り口に、海と人との関わりを創発し、
海を大切にする気持ちをはぐくむ連載。
知れば知るほどもっと海が大切になる。

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「海」を大切にすることが、「自分」を大切にすることにつながる

指出一正さん

『ソトコト』編集長
Kazumasa Sashide

第1回のゲストは未来をつくるSDGsマガジン『ソトコト』編集長の指出一正(さしで かずまさ)さんです。
関係人口という言葉の提唱者のひとりである指出さんが考える、「海と人との新しいつながり方」についてお聞きします。

プロフィール

1969年群馬県生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業。雑誌『Outdoor』編集部、『Rod and Reel』編集長を経て、現職。内閣官房まち・ひと・しごと創生本部「人材組織の育成・関係人口に関する検討会」委員。内閣官房「水循環の推進に関する有識者会議」委員。環境省「SDGs人材育成研修事業検討委員会」委員。国土交通省「ライフスタイルの多様化と関係人口に関する懇談会」委員。総務省「過疎地域自立活性化優良事例表彰委員会」委員。農林水産省「新しい農村政策の在り方検討会」委員。経済産業省「2025年大阪・関西万博日本館」クリエイター。著書に『ぼくらは地方で幸せを見つける』(ポプラ新書)。趣味はフライフィッシング。

CONTENTS

・少年時代の釣りとの出会い~アウトドアを軸にしたキャリア形成
・関係人口から、流域、海流関係人口へ
・海と人とがもっと関わりあう未来へ
・海や魚、食について楽しく語り合える場所がほしい

少年時代の釣りとの出会い~アウトドアを軸にしたキャリア形成

編集者

指出さんは「釣り好き」として有名ですが、まずは釣りとの出会いからお聞かせください。

指出さん(以下敬称略)

小学校2年生で地元の群馬県の川や湖で釣りを始めてからずっと、日がな一日、水辺と魚のことばかり考えています(笑)。釣りがまずあって、その次に僅差で『ソトコト』の編集っていうくらい、釣りが好きかもしれません。
釣りは最初、父が通っていたスナックのマスターが教えてくれました。竹竿で初めて釣ったクチボソやオイカワの銀色の姿に魅了されました。なんてきれいなんだろうと。
僕の中では、釣りは趣味を超え、生きざまですね。自分の価値観の中において、すごく大事な部分をつくってくれています。
僕は、人ではない生き物と対峙する時間も好きなんですよね。特に、魚との。
水面下という自分が見えない、知りえない世界で、1本の釣り糸を通じて生き物となんとか接触を試みる。生き物との「個対個のコミュニケーション」をする時間。それが僕にとっての釣りのおもしろさですね。

編集部

釣り好きな少年時代を経て、アウトドア雑誌の編集からキャリアをスタートされますが、現在の『ソトコト』編集長へ至る経緯を教えてください。

指出

大学4年生のときに、山と溪谷社が発行していた『Outdoor』編集部にアルバイトで入り、そのまま就職しました。大学で山登りを始めていたこともあり、山登りと釣りが大好きだった僕にとって、最高の環境でした。
そして12年ほどアウトドア関連の雑誌の編集を続けた後、アウトドアや釣りの世界の礎でもある、環境などをテーマに「自然の大切さを伝えたい」というほうに気持ちが向かっていき、エコやスローフードという概念を広めていた『ソトコト』の編集部にたどりつきました。

編集部

数年間は環境をテーマにした誌面づくりを展開されます。その後、さらに転換期が訪れるというあたりをお聞かせください。

指出

リーマンショックが起こった2008年、世界的には未曾有の経済危機が訪れていたころが起点です。
当時はアイスランドのローカルとコミュニティとエネルギーの長期取材を行った直後ということもあり、僕の中で、地球規模の環境問題などを考える大きな視点から、もうちょっと等身大の、国内で起きていることを見つめたほうがいいんじゃないかと思っていた時期でもありました。
その後の2010年に「日本列島移住計画」という実験的な企画を『ソトコト』の特集として取り上げたら、すごく反響が大きかったんです。そのころは、地方移住といえば、リタイアした人の行動として捉えられていた気がしますが、少しずつ若者も含めて、ローカルに価値を見出す人や日本の地域の豊かさに気づく人が増えていったタイミングだったんじゃないでしょうか。
そして翌年の2011年、ちょうど東日本大震災が発生したタイミングで編集長になるのですが、環境からは大きく舵を切って「ソーシャル」をテーマの真ん中に据え、人に寄り添う、目の前にいる人のことを見つめるという編集方針に変えました。東北にボランティアへ赴き、そこからプロジェクトをつくり出したり、離島や中山間地域(ちゅうさんかんちいき)で新しいことを始めたりしている地域の若い人たちを取材させてもらうようになり、ここまで10年やってきました。

2010年 12月号
北から南、山から海、農林水産業その他いろいろ、どんな暮らしでもその希望をかなえてくれる日本列島。世界でもこんないい居住地はあまりありません。この日本列島を俯瞰し、「移住先」として見てみよう、という特集。独特の文化があったり、その特色を活かした場所づくりが行われている土地、水や食が豊富な土地、おもしろそうな人が集まっている土地などなど、今、熱くなってきている地域を徹底紹介。

関係人口から、流域・海流関係人口へ

編集部

そういった背景の中で「関係人口※」という言葉が生まれてきたんですね。指出さんがよく使われる「関係人口」という言葉は、社会に大きなインパクトを与えたと思いますが、関係人口とはどのような概念なのでしょうか。

※関係人口とは、「観光以上、移住未満」の第三の人口を指す言葉。地域との多様な関わりを継続的に深めていく人たちのことを指す。

参考資料:総務省「関係人口ポータルサイト」
https://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/

指出

僕が提唱者のひとりと言われていますが、この言葉はアノニマス(名前のない集団)で、同時多発的に使われ始めたと思っています。僕の著書や『ソトコト』での特集の結果、「関係人口=指出」のようにイメージとしてなったのではというのが実際の認識です。
今までは「観光」か「移住」か、地域に来る人をそのどちらかで見定めていました。しかし、その尺度は年々、わかりにくくなっていますよね。どちらでもないかなり曖昧な「あわい」の感覚で移動して、地域との接点を持ちたいと思う人が増えている。
ゼロか100の尺度ではなく、1から99の関わりの度合いをもっと大事に見たほうがいいと思い、それを表現する言葉として「関係人口」と呼んでいます。

編集部

関係人口という言葉は、あちこちで聞かれるようになりました。
内閣官房の「水循環の推進に関する有識者会議」委員を務めるなど、水辺との接点も多いと思われますが、関係人口と水辺に関連性はありますか?

指出

最上川や吉野川、筑後川などでは、河川の流域に沿ってそれぞれのコミュニティがお互いに行き来することで、地域が流域で盛り上がっています。これを「流域関係人口」と呼び、その考え方を発信しています。基本的に川はハイウェイで、物理的な「もの」はもちろん、情報やゴシップ、コミュニケーションも含めて、いろいろなものが上に下にと流域内で伝播していきます。江戸時代や明治時代なんかはまさにそうでしたよね。
さらに僕は今、川から続く海のコミュニティにも目を向けていて、日本の海沿いに「海流関係人口」という広がりが生まれていったらと思っています。これは対馬海流や黒潮といった、海流に沿った沿岸地域がつながっていくという考え方なんです。
具体的には今、日本海側にある島根県浜田市と江津市、そして富山県魚津市の互いのコミュニティを「地域に関わる楽しさ」をテーマにつなぎ、連携を深めていくプロジェクトを行っています。いずれも海産物の豊富な、魚のおいしいまちですね。
震災の後、特に東北の太平洋側沿岸部のコミュニティは、絆を取り戻すためにさまざまな取り組みをしたことで連携が進み、結びつきが強くなっているんですよね。それと同様に、日本海側でもお互いを盛り上げあったり、有事のときには助け合ったり、そういった共助の関係を築けたらいいなって。大きな視点で見れば、古くは「北前船」が往来したルートでもありますからね。親しみを感じる接点は要所要所に潜在的に息づいています。

指出

水の流れ、つまりは「循環」が非常に重要で、そして水の循環がうまくいっているエリアは、地域づくりもうまくいっているところが多いように思います。
そしてそれは、僕の大好きな「釣り」によっても知ることができるんですよ。

海と人がもっと関わりあう未来へ

編集部

地域づくりがうまくいっているところは、魚釣りも楽しめる場所ということでしょうか?

指出

青森県と秋田県にまたがる白神山地をはじめ、美しい水がある環境にはイワナが多く生息しています。そして肥沃な田園地帯、おいしいお米や野菜が採れるところにはタナゴが群れをつくっています。さらに、そういう場所には400年続く味噌醤油蔵があったり、そこに暮らす人たちのあたたかいコミュニティがあったりして、首都圏に暮らすローカル志向の若い人たちが行ってよかったと思うクリエイティブな場所とほぼ同一なんですね。自然や日本古来の暮らしをきちんと残してきたことが、結果として彼らの心に響いているんだと思います。僕が魅力的なローカルだと感じて通ってきた場所のある種の法則性を、イワナとタナゴがつなげてくれました。
さらに、僕は海と川と森をつなぐ、サクラマスという魚に注目しています。
渓流に棲むヤマメの中の一部が、川を下り、海を回遊し、大きくなって戻ってきたものがサクラマスです。呼び名も見た目も異なりますが、ヤマメとサクラマスは実は同一の魚です。海で成長し、川に戻ってきて産卵し、役目を終えるとそこで死を迎え、骸は川や山の栄養となる。サケ同様に、サクラマスも森と海をつなぐ大きな役割を担っている。
ダムなどにより川と海の連続性が途切れ、多様な河川環境が失われると当然、サクラマスが育つことも難しくなってしまいます。彼らが自由に川と海を行き来できるところは、水の循環という意味でもほんとうに〝いい川といい海〟。こういった川や海のあるまちは、まちづくりもうまくいっているし、ご飯もおいしいという実感があります。

提供 / 指出一正さん
指出

関係人口の文脈でも、サクラマスというのは一つのアイコンになっています。
たとえば山形県では、一度故郷を出て都市部へ行った若い人たちが、U・Iターンしやすい環境を整える取り組みを「サクラマスプロジェクト」と名付け、力を入れています。故郷を離れ、力をつけたみんながまた母川に戻り、その地域を盛り上げる。サクラマスは山形県の県魚ですし、すごく素敵な考え方、ネーミングだと感じます。

編集部

人の循環が生まれていくというのは素敵ですね。いきなり移住はできなくても、地域に関わりたいという人は潜在的には多そうです。

指出

農業や漁業などの第一次産業を中心に、プロの領域と言われているところで人材が減っていく中で、プロを育てるのも大事なんですけど、そのためにもプロを夢見ている一般の人たちが参加できる、ゆるめの場をもっと増やしていったほうがいいと思います。
関係人口はまさにその考え方です。移住まではいかないけど、地域に関わりたい人は大勢いる。漁師になるほどではないけど、海や漁業に関わりたい人もいる。釣りが好きな人は、釣り場にもっと関わりたいという思いがあります。漁協の活動に参加したい!とか。そういう人を巻き込んでいったらいいんじゃないかなって。
漁はできなくとも、収支計算やグラフィックを手伝ったり、漁業を支援するクラウドファンディングを立ち上げたり、そういうかたちで関わることも全然ありですよね。得意な領域で関わる人が増えれば、その地域や、海や日本の食文化を知り、ひいては守ることにつながると思っています。

海や魚、食について語り合える場所がほしい

編集部

日本の食文化という言葉が出ましたが、日本の食文化は海と密接に関わりながら発展してきたと思います。食文化についての指出さんの考えをお聞かせください。

指出

僕は地域のローカルスーパーめぐりが大好きなのですが、例えば、海の近くのまちのスーパーがあったとして、鮮魚コーナーにその地域でとれた魚ばかりが豊富に並んでいるかというと、意外とそうでもなくて、遠隔地や外国産の魚が並んでいる場合もあります。それが悪いと言いたいわけではないのですが。
僕が常々思っているのは、ハレの日に食べる立派な魚も大事なんですけど、普段のご飯のおかずをもっと大切にしたいということです。地元の沿岸の魚を普通に、身近に食べるようなことを、日常として大事にしてもいいんじゃないかと思います。「自分のまちに暮らす魚のことを知ろう」というような、お隣さんを大事にするイメージです。
SDGsの流れを受けて、「ローカルフード」「地産地消」という言葉を耳にする機会が増えたと思います。その地域でつくられる農産物を指す言葉として分かりやすいですよね。だったら、海産物も同じように「ローカルフィッシュ」や「ローカルシーフード」と呼んで、もっとその地域の普段の食卓の中に入ってきたらいいと思います。魚や食を通して地域内の循環を生むことは、経済や物流の意味からもサスティナブルにつながります
そして、ローカルフィッシュの価値を、もっと伝えられる機能や出会いの場所がまちにあるといいですよね。例えば、海のまちに海の食文化を語れる普段づかいの居酒屋とかカフェとか。ある程度大人になってくると、海や魚、食について誰かと楽しいうんちくを語り合いたくなる傾向が誰にもあると思うんですよね。僕は「関係案内所」と呼んでいますが、人を通して海や魚と出会う、そういう場所や機会を増やすことも必要だと感じています。

編集部

うんちく! わかります。地域によって獲れる魚種や、調理の仕方、旬の時期など掘り下げていくと面白そうですね。
コロナ禍の影響もあり、暮らしに向き合う時間が増えたという人が多いと思います。どこで誰とどんなことをしてどんなものを食べて暮らしたいか、より意識する人が増えていると思います。

指出

コロナ禍では、沈思黙考する、自分を見つめなおす時間ができました。自分にとって大切なのは「家族」や「自分の好きなこと」だなと改めて感じています。そして、「5年後、10年後にどうなっていたいのか」。若い人によくこの質問をしますが、同じように自分の好きなものやことについて考え、向き合っている人が多いと感じます。
人と人との関係性があり、自然と暮らしが循環している、本来は我々はそういう世界に住んでいます。そして、循環する世界の象徴として「海」があると思います。「海」が一番大きなアイコンですよね。自分らしさの延長線上に、コミュニティがあり、エコロジーがあり、そして海がありますから。
海を大事にすることが自分につながる。自分の暮らしが海とつながっている。絵空事ではなく、リアリティをもって語れる人たちが増えてきていることを少なからず感じています。

提供 / 指出一正さん
編集部

指出さんのお話を聞いていて、人と人との関係を大切にし、暮らしを大切にする人は、豊かな未来につながっていると感じました。この豊かな海を引き継いでいけるように、自分の暮らしを見直したい、そして未来について語り合いたい、そんな気持ちになりました。

インタビュー/児浦 美和  photo & text / Yuki Inui

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