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「寿司」を通じて、海の恵みへの感謝を伝えていく仕事

岡田大介

寿司職人・寿司作家
Daisuke Okada

第15回のゲストは、完全紹介制の寿司屋「酢飯屋」を経営する岡田大介(おかだだいすけ)さんです。生きものの命をいただくことに真剣に向き合い、食文化の豊かさや食べものへの感謝を伝える「寿司作家」としても活動する岡田さんにインタビューしました。

プロフィール

1979年千葉県生まれ。寿司の道で修行し、25歳で寿司職人として独立。2008年に1日1組限定の完全紹介制寿司屋「酢飯屋」を開業した。食材や器、道具類は、ほぼすべて産地に足を運び、生産者や作家らと関わり、自身で確かめてきたものをセレクト。現在は『生きものが食べものになるまで』をコンセプトに活動の場を広げ、これまで培ってきた寿司の技術と知識を生かし、海・魚・寿司にまつわる様々な情報を発信する「寿司作家」として活動している。著書に『季節のおうち寿司』(発行:PHP 研究所)「おすしやさんにいらっしゃい 生きものが食べものになるまで」(発行:岩崎書店)等

CONTENTS

・食べることに向き合うきっかけ
・本質を知ろうとすると、海にいる時間がどんどん長くなる
・「いただきます」という感謝の気持ちを伝えていきたい

食べることに向き合うきっかけ

編集部 寿司職人の枠を超えて、食に関連するプロデュース事業などにも数多く関わっていらっしゃる岡田さん。食に関わる仕事に就いた経緯を教えてください。
岡田 ちょうど大学受験をする時期に母親を亡くしたことがきっかけです。 妹と弟がいるのですが、父も僕も料理が得意ではなくて、スーパーやコンビニで惣菜や弁当を買って食卓に並べることしかできなかったんです。そんな日々が続くと、当時小学2年生だった弟が、体調を崩すようになってしまって。
編集部 大変な時期をご経験されたんですね。
岡田 はい。最初は理由もわからず、どうしたらいいかわからなかったんですが、いろいろ考えた結果、食べものをきちんとしなければいけないと気づいたんです。
編集部 食べることが生きることの原点ですものね。
岡田 このことを契機に、食に向き合うようになりました。母親がなぜ亡くなってしまったのか、考えてもわからなくて悶々としていた時期でしたが、「あなたは食の道へ行きなさい」と、母親が背中を押してくれたように思えたんです。それで、大学進学することはやめ、料理人になることに決めました。
編集部 迷いはなかったのでしょうか?
岡田 はい。将来にまったく迷いはなくなり、割烹料理屋さんやお寿司屋さんに就職して、ひたすら修行に励みました。どういう状態が職人として一人前なのか、その定義を明確にしないと目指すべき目標もわからないので、「先輩は一人前ですか?」なんて、いま思うと失礼な質問を周りの先輩方にぶつけながら、自分の中で一人前の定義を決めて、思い切って25歳で独立しました。
Photo by 遠藤宏
編集部 岡田さんのお店「酢飯屋」さんは、普通の寿司屋では扱わないような希少なネタがあることで有名な、完全紹介制のお店とお聞きしました。生産者のところに足を運んで特別なルートで仕入れていらっしゃるんですよね。

酢飯屋HP

岡田 はい。築地市場は食材の集積地でしたから、そこでいいネタを探して、仲卸の方とコミュニケーションをして、たくさん情報を仕入れて勉強しますよね。僕も最初はそうでした。そうしているともっと生産地に近いところに行きたくなって。頻繁に日本全国の生産地を訪れるようになるんですね。希少なネタを探してというよりは、本物、本質に近づきたい、見極めたいという気持ちからです。
編集部 生産地を訪れてどんなコミュニケーションをするんでしょうか。
岡田 最初は、漁港や市場をまわって2、3日滞在していました。同じ魚種でも、獲れる場所や時期、獲り方によって味が変わることがわかってきます。そういう微細な違いがわかると、さらにもっと海に近づきたくなってくるんです。漁の現場は、漁師さんに船に乗せてもらわないといけないんですけど、アポとか取らずに行ったら門前払いですよね。そもそも「お前、誰なの?」っていうところからなので。
編集部 不審がられますよね。
岡田 そうです。寿司職人であることや仕事への思いを話したり、ひたすらお願いしたりしましたね。親しくなった漁師さんのご厚意で、漁船に乗せてもらえることになり、魚が揚がってくるのを見たときには、本当に感動しました。この人たちがいなかったら魚が手に入らないわけですから。漁師さんへの尊敬があふれ出ました。
編集部 漁師さんへなにか恩返しをされたんでしょうか。
岡田 感謝の気持ちを伝えたくて、船の上で漁師さんの写真を撮るのが好きだったので、漁の様子を撮影をして、分厚いアルバムにしてプレゼントしました。そうやってコミュニケーションを深めていくと、その人が獲った魚を使いたくなってくるわけです。ヤリイカ使うならあの人が獲ったヤリイカだし、サバだったらあの人が獲ったものがいいって。
編集部 どんどん関係性が深くなっていくんですね。そして、漁船に乗って漁に出るだけでなくて、釣りもされるようになったと。

本質を知ろうとすると、海の中にいる時間がどんどん長くなる

岡田 はい。きっかけは、釣り好きな方々がお店にきてくださった時のことです。僕も魚のことはある程度知ってはいるのですが、それは料理の世界であって、釣りの世界になると知らないことだらけ。釣り人だけが知っている釣りの知識、魚の知識を持っていらっしゃるので、会話についていけないのが悔しくて、大きな危機感を感じたんです。自分が扱う魚がどうやって釣られているのか知らなければ、と釣りを始めました。
津軽海峡で獲物を狙う
編集部 スキューバダイビングを始められたのも同じような理由ですか?
岡田 そうなんです。スキューバダイビングをする方たちは、海の中で魚がどういう風に生活しているかとか、どんな体の動かし方をしているかなど、ものすごく詳しく語るんですよ。釣りでは見えない、海の中のリアルを知っていて、その美しさに魅了されている人たちなんですよね。自分もその世界を知りたいと思って、海に潜りはじめたんです。
編集部 岡田さんの追求している姿勢や知識量、そして思いの強さに、生産者さんもお客さんもどんどん引き込まれていくのだと思います。
岡田 本当に思いを込めて活動している生産者さんから仕入れたい、そして、それをきちんと扱いたいと、ずっとそうしてきましたから。気がつくと、お寿司を握る時間より、海の上にいたり、海に潜ったりする時間が長くなっています。
編集部 なぜそこまでこだわるのでしょうか?
岡田 「食材魂(しょくざいだましい)」と呼んでいるんですが、たとえば、アジひとつとってみても、思いを込めて獲った漁師さんの魂が乗っかってくるんですよ。さらに、流通業者さんが運んでくれるおかげで店に届き、盛りつける器にも作家さんの魂が入っている。自分も、魂を込めて調理をしたものだけをお客様にお出ししたいのです。
編集部 お寿司1貫にも、関わる大勢の人の顔が見えるようです。
岡田 寿司って魚だけじゃないので、お米とか調味料も含めていくと、すごい数の食材の魂が込められているんですよね。寿司を通じて魂の移行ができるのが、自分の喜びなんです。
サクラマスを釣り上げた瞬間
編集部 寿司職人の範囲を超えて、現在はかなり幅広いジャンルのお仕事をされているとお聞きしました。たとえば、器のキュレーションのお仕事なども。
岡田 そうなんです。料理に合う器を探していると、どんどん素敵な作家さんに出会うんですよ。「酢飯屋」に併設して器を扱うギャラリーを開きました。他には、鮮魚チェーンの顧問や海藻養殖のベンチャー企業でCKO(Creative Kaiso Officer)もさせていただいています。フランスの寿司漫画のモデルになったこともありますね。

参考記事  「酢飯屋 岡田大介がフランスの寿司漫画になりました。」

編集部 最近は絵本も出版されたそうですね。
岡田 写真絵本ですが、子供たちにもっともっと面白く、食べものと生きものを感じてもらいたいと思って作りました。

刊行日|2021年2月12日
著者名|文・監修:岡田大介/写真:遠藤 宏
発行元|岩崎書店

編集部 大人が読んでも面白い内容でした。
岡田 ありがとうございます。伝えたいことが多様になってきて、寿司職人という肩書が合わなくなってきたので、寿司作家と名乗るようにしています。 この絵本のタイトルにも書いたのですが、生きものと食べものの境目、どこにあるか考えたことありますか?

「いただきます」という感謝の気持ちを伝えていきたい

岡田 釣った瞬間はまだ生きものですよね、動いていますから。そのあと、活締めにしたり、下処理をします。そうやって静かになると、そこからは食べものとして大切に扱わなければと思うわけです。これは海に近くないと感じられない部分なんです。
編集部 生きものと食べものの境界に大きな意味があると。生と死の瞬間ですよね。なぜそこまで深く探究されるのでしょうか?
岡田 目に見えないけれど、魂の込もった食べものを多く食べている方ほど、何か心豊かな感じがするんですよね。丁寧に生きてるというか。さきほどの食材魂の話です。釣った魚にも魚の魂が宿っています。それを食べると、自分の体の一部になり、物質的にも血肉になるわけですが、さらに、魂として残っていく感じがするんです。
Photo by Hiroaki Yaegashi
編集部 食べて終わりではない、と。
岡田 日本の食文化の根幹に『いただきます』という言葉があります。それは命をいただくことへの感謝を表してますよね。当たり前すぎて麻痺してしまいそうな日常言語ですが、改めて、敢えて『いただきます』を毎回しっかり言う。それを大切にしたいんです。海に潜れば潜るほど、そう思うようになりました。
編集部 なるほど。
岡田 海で魚突きをすることもあるのですが、かわいらしい魚の家族が泳いでいるのを見て、たとえば、その中で美味しそうなお父さんだけ狙って突くことがあるのです。魚の家族に対して、とんでもないことをしているわけじゃないですか。「海を大切に、魚を大切に」と言いながら、矛盾していると言われそうですが。その時には、命をいただくことの重さを知っていて、それを引き受けているんです。命への感謝がちゃんとわかっていれば、矛盾じゃないと考えています。
編集部 今後さらに取り組みたいことはありますか?
岡田 そうですね。いま、子どもたちに将来の夢を聞いても、なりたい職業ランキングの上位に寿司屋さんがくることってあまりなくて、パティシエとかパン屋さんのほうが上位ですよね。世界では寿司ブームがずっと継続していますし、もはやブームではなく、各国に食文化として根づいていますから、実は、寿司職人が足りない状態なんです。日本人の寿司職人なんて、本当に貴重な人材なんですよ。もっと日本の寿司職人の地位を向上させて、あこがれられる職業にしたいと思ってます。
編集部 海洋環境や魚の生態にも精通していて美味しい寿司が握れる、そんな職人さんはもっと尊敬されてもいいかもしれません。
岡田 はい。世界中の人も魚は好きなんですけど、日本ほど多種多様な魚が獲れて、その魚に対しての意識や知識の高さがある国はないと実感しています。日本には、恵まれた海洋環境、豊富な魚種、受け継がれてきたさばき方、道具、そして調理方法や、保存食の作り方も数知れずあります。だからこそ、この豊かな食文化にもっと関心を持っていただけるように働きかけていきたいですね。
Photo by Hiroaki Yaegashi
編集部 岡田さんのお話しをうかがっていると、食べものについて知れば知るほど、関わる様々な人の顔が見えてきて、そのおいしさが増していくように感じました。大事に味わいたい、無駄にしたくない、未来へ引き継ぎたいという気持ちも自然と強くなってきます。海で育まれた命をいただいていることに対する感謝の気持ちと、豊かで多様な食文化について精力的に発信していく岡田さんの活動に、これからも注目したいと思います。

インタビュー&text  児浦美和