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海洋研究者から漁師へ。持続可能な漁業のために離島の海からできること

銭本慧

合同会社フラットアワー 代表社員
kei zenimoto

第17回のゲストは、漁師の銭本慧(ぜにもとけい)さん。東京大学大学院修了後、長崎大学の研究員などを経て対馬に移住し、鮮魚の直販を手掛ける合同会社フラットアワーを設立。対馬で漁師となった背景や思い、これからの展望をお聞きします。

プロフィール

1984年、大阪府出身、兵庫県明石市育ち。長崎大学水産学部卒業、東京大学大学院新領域創成科学研究自然環境学専攻博士後期過程修了(環境学博士)、東京大学大学院大気海洋研究所特任研究員を経て、長崎大学で日本学術振興会特別研究員。ウナギ属魚類の卵稚仔輸送に関わる海洋環境変動の研究に没頭。2015年4月より一般社団法人MITで地域創成関連事業のコンサルティング業務に従事。持続可能な水産業の実現を目指して2016年4月に研究者時代の仲間である須崎寛和(すざきひろかず)さんととも合同会社フラットアワーを設立。​

CONTENTS

・研究者から一転、離島の漁師へ
・直販で魚の「価値」を高める
・持続可能な漁業を目指して

研究者から一転、離島の漁師へ

編集部 ご経歴から想像すると、昔から海や魚がお好きだったんですか?
銭本さん(以下敬称略) そうですね。小さいころから釣りが好きで、魚のことを勉強したいという思いがありました。なので、大学、大学院では水産関係の勉強をして、卒業後も海の研究に携わっていたんですよね。東京大学大気海洋研究所では、ニホンウナギの研究チームに所属していて、世界で初めて産卵場所を特定するという大きな発見に関わることができました。
編集部 研究者として充実した日々を送られていたのに、なぜそこから漁師を目指したのでしょうか?
銭本 ご存じのとおり、ニホンウナギは絶滅危惧種に指定されています。その生態を研究することで、ウナギの資源量回復に貢献する道もありますが、水産を研究する中で、日本の漁業の構造的な課題にも直面したんです。
編集部 「日本の漁業の構造的な課題」というのは?
銭本 世界的には漁業は成長産業とされている一方で、「日本だけがマイナス成長をする」という、世界銀行が発表した有名な調査レポートがあります。これまでのやり方では日本の漁業が衰退していくのは明白で、漁獲量を調整して資源管理をすることを前提とした、薄利多売ではない方法を模索する必要があるんです。そういった状況を踏まえて、自分が何をするべきなのかを考えるようになりました。
編集部 課題に対して、研究者ではない立場からの関わり方があるかもしれないと思われたんですね。
銭本 同級生には水産庁や水産研究所で働く優秀な友人がたくさんいました。みんな海が大好きで「持続可能な漁業を」という、同じ志を持って働いています。彼らがトップから変えてくれるなら、僕は現場からボトムアップで変えていけたらいいんじゃないかって。
編集部 それで漁師に?
銭本 はい、自分でやりたいという思いが強くなって「じゃあ、俺、漁師になるわ」って(笑)。
編集部 潔いですね(笑)。漁師になるにあたって、どうして対馬という場所を選ばれたのでしょうか?
銭本 いろいろと調べまして、移住候補地を3つくらいに絞っていました。対馬は、黒潮の流れが分岐して日本海へと流れ込む「対馬暖流」の玄関口に位置していて、黒潮系(太平洋)の魚と日本海の魚がどちらも獲れる好漁場として知られる場所。獲れる魚種が豊富で、しかもサイズの大きな魚が獲れることも決め手になりました。

編集部 対馬には全体で12の漁協があるそうですが、その中でも一番小さな規模の場所を選んだのはなぜですか?
銭本 僕のような「漁業をやりたい新参者」に好意的だったのが1番の理由ですね。対馬の中でも交通の便が悪い「田の浜」という非常に小さな集落なんですが、バイタリティ溢れる人にたくさん出会えたのも大きな要因でした。漁業とともに、地域をいかに盛り上げるかというのも自分の中にミッションとしてありましたから、人の魅力に引き寄せられた部分も大きかったですね。

直販で魚の「価値」を高める

編集部 2016年4月に設立した合同会社「フラットアワー」では、どんな魚を扱っているのでしょうか?
銭本 季節ごとに移り変わるので魚種は様々です。夏から秋にかけては、「サバ」がイチオシですね。小さなサイズは扱わず、十分に成長して脂ののったものを扱っています。冬場のチカメキントキという魚も、東京・豊洲で毎日のように魚を買っている飲食店さんが驚くほど大きなサイズのものが獲れるんです。

編集部 獲った後の鮮度保持のためには、どんな工夫をされていますか?
銭本 最初は、一つ一つの処理が稚拙で、飲食店さんが満足できるクオリティではありませんでした。そこから改善を重ねまして、脳締め※をして、神経締め、血抜き、冷やしこみ、という、4つの処理をしています。血抜きは「津本式究極の血抜き」と呼ばれる方法を採用したり、殺菌効果の高いオゾン水を採用したり、改良を重ねています。船上での冷やし込みの水も、温度の調整をしたり、氷が溶けて塩分が下がることを抑える工夫を施すなど、品質の向上につとめています。

※脳締め・・・脳のある部分を破壊することで魚の活動を止める。

※神経締め・・・背骨を通る脊椎を破壊することで、神経伝達を止める。

編集部 なんとそこまで! 研究職の経験が活きているように感じます。
編集部 飲食店さんに「今回、冷やし込みの温度を変えてみたんですけど、どうですか?」と伺って、そのフィードバックから本当においしい状態とはどのようなものかを見極めています。ですから、「おいしさ」のレベルは格段に上がったと思います。
鮮度保持の処理方法の記録
編集部 飲食店さんとは直接やりとりされているんですね?
編集部 はい。通常は獲った魚を漁協に収めるところまでが漁師の仕事ですが、僕たちは、飲食店さんから直接買い付けてもらう直販を主軸にしています。
編集部 もう少し詳しく教えてください。
銭本 一般的に漁師が獲った魚は、漁協から市場に送られ、競りで浜値が決まり、仲買いを通してレストラン、消費者へ、という工程で流通します。それぞれの立場の人が役割を果たすことでたくさんの魚を流通させるという点ではいいのですが、中間マージンが多いため漁師さんの手取りが減ったり、需給のバランスによって魚価がかなり変動してしまうということも起きます。
編集部 市場の競りで、思ったような値段が付かないということも起きますよね。
銭本 そうなんです。燃料代が高騰している今、魚価が一定水準より低くなると漁に出るだけで大赤字ということもあります。事前に魚価がわからないのが大きな問題。となると、漁師さんにできることって、大量に獲ることしかないんですね。 一方、直販の場合は、顧客の評価に応じて、自分たちで価格を決定できます。そうすると行動も変わります。市場価格が高くなるものを獲るのではなく、つながりのある顧客に満足してもらえる魚を「適量」獲る。僕たちは、そういうやり方をしているんです。
編集部 そういう取り組みは、持続可能な漁業につながりますね。しかし、消費地である都市部の飲食店に送る場合、対馬という離島からの送料を考えると割高になってしまうのでは?
銭本 ですから、獲るだけでなく、「加工」の工夫により価値を上げられるようにしています。「熟成魚」ってご存じですか?魚をセミドレス(鰓と内臓を抜いた状態)やフィレの状態にして、低温で保存することで旨味を上げていくやり方です。温度管理を綿密に行い、自重によって下の方の身が潰れてしまわないよう、氷水に浮かべて保管するなど、身の保管方法も徹底しているので、非常に満足していただいています。
編集部 他に持続可能な漁業のために工夫していることはありますか。
銭本 自主的な資源管理として、産卵期の魚を獲らないことであったり、小さい魚が混獲されやすいところでは操業しないように気をつけていますね。また、市場で評価されにくいマイナーな魚でも、適切な処理をすれば、おいしく食べられますから、そういった情報も発信するようにしています。 でも、いざ現場に行ってみると魚が減っている以上に、人が減っているという大きな問題があって。ちゃんと浜に人が住み続けられるような状況をつくらないといけないと強く感じています。

持続可能な漁業を目指して

編集部 漁業の担い手不足は、持続可能な漁業を考えるうえでも深刻な課題ですよね。
銭本 フラットアワーではチームでの漁業を大切にしています。例えば、サバ漁の場合、漁師さんたちは夜中に目いっぱい漁をして、朝、漁協に出荷し、仮眠をとってまた漁へ、というサイクルです。でも僕たちは、どれくらいの漁が獲れたら、どのくらいの売り上げになるのかが、大まかに分かっているので、獲れるだけ獲るのではなく、自社で漁獲量の上限を決めて、上限に達したら帰港するようにしています。ですので、漁は他の漁師に比べて短時間で済みます。
蓋を開けているストッカーが満タンになったら帰港。
銭本 船に乗っているスタッフと陸で出荷の作業をするスタッフがこまめに連絡しあって、水揚げした魚をスムーズに出荷できるようにもしています。
編集部 なるほど。経験のない人でも、漁業の担い手としてスムーズに働ける工夫があるんですね。
銭本 漁業って、長年の経験や勘によるところもあると思いますが、僕たちはなるべく手順を明確にして、チームでミーティングの時間をもち、情報共有しながらやることで、お互いがカバーできるようにしているんです。そうすることによって、スタッフの体調や状況に合わせて漁と加工のシフトを交代することもできるようになりました。
フラットアワーの須崎さんと打ち合わせ
編集部 今後の事業展開としては、どんなことを考えていますか。
銭本 フラットアワーは、「自分らしさや強みを活かせること」、「社会的に意義があること」、そして「しっかりと収益を上げられること」を軸に事業展開すると決めて創業しました。今、パートさんたちを合わせると、5名以上の地域の人に働いてもらっているんですが、そうやって人が増えていくと、漁業を軸にもっと新しい事業を拡げていけると思っています。
編集部 何か具体的に計画していることがあれば教えてください。
銭本 釣りや漁業体験を軸にした「ブルーツーリズム」です。道具は全てレンタルができ、釣った魚は三枚おろしまでしてご自宅にお届けできます。魚がどこでどのように育っているのか、体験しないとわからない気づきがあると思います。知って食べることで、もっとおいしく感じられますし。もう少しハードな体験をしたい方には、沖に出て一本釣り漁の体験もできるように体制を整えたいと考えています。
編集部 そういった事業を通して、漁業にもっと多様性が生まれたら、日本の漁業の可能性も広がるように感じます。
銭本 そうですね。他には、地元で思いを同じくする漁師さんから魚を仕入れさせてもらい、加工によって付加価値をつけていくことで、地域の人の働く場所を生み出していきたいと思っています。 今は漁師さんのインターンも受け入れていて、僕たちのような漁業のスタイルを取り入れてみたいという漁師さんが各地から来てくれています。僕たちも彼らとの交流を通して学びがありますから、お互いに刺激しあって少しずつでも変わっていったら面白いですね。
編集部 志を同じくする仲間がもっと増えていくと、持続可能な漁業がぐっと近づいてくるように思います。わたしたち消費者も、自分が食べるものに関心を持つことはもちろんですが、旅行先を選ぶ際に、海のことを教えてもらえたり、漁業体験をさせてもらえる、そんな場所が候補になってくると、もっと旅がおもしろくなりそうです。 持続可能な漁業を実践する銭本さんに、今後も注目して行きたいと思います。

インタビュー/児浦美和  Text&Photo/Yuki Inui 編集協力/阿部光平