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釣り回数年間100回から見えてきた、釣り・漁業の魅力と未来のこと

中川めぐみさん

一般社団法人ウオー 代表理事
Megumi Nakagawa

第4回のゲストは、一般社団法人ウオー代表で、釣りアンバサダー、ウェブメディア『ツッテ』編集長の中川めぐみさんです。「釣り自体の楽しさ」+「釣りを通してこそ味わえる地域の魅力」を伝える『ツッテ』の立ち上げから、水産にまつわる多彩な活動で注目を集める中川さんに、「釣りをきっかけに見えてきたことと実現したい未来」についてお聞きします。

プロフィール

1982年富山県生まれ。GREE・電通で新規事業の立ち上げ、ビズリーチで広報などに関わる。その間に趣味として始めた釣りの魅力に取りつかれ「釣り × 地域活性」事業で独立。2018年Webメディア「ツッテ」を立ち上げる。 釣りや漁業を通して日本全国の食、景観、人、文化などの魅力を発見・発信することを目指し、各地で観光コンテンツの企画やPRの仕事に従事。また、漁業ライターとして、グルメニュース『メシ通』『Retty』、おでかけメディア『aumo』、日本の魅力を発信するメディア『レアニッポン Powered by Begin』、人生のシェアリングサービス『another life.』などで、釣りや漁業を起点とした記事の執筆を行う。 水産庁の「水産政策審議会委員」「水産女子」も務める。NHK『週刊まるわかりニュース』、TBS『Nスタ』出演、日経新聞、日経MJ掲載など。

CONTENTS

・釣って地域の魅力を味わう『ツッテ』を立ち上げ
・地元の飲食店や土産店に還元する仕組み
・釣りから見える課題と「推し漁師」
・日本の海や漁業が抱える問題を「楽しく」発信していく

釣って地域の魅力を味わう『ツッテ』を立ち上げ

編集部

中川さんが編集長を務めるメディア『ツッテ』について教えてください。

中川さん(以下敬称略)

『ツッテ』は、釣り自体の楽しさはもちろん、釣りを切り口にして地域を楽しむ方法を紹介するメディアで、2018年3月にオープンしました。「釣り」をテーマにはしていますけど、ターゲットはいわゆる「THE 釣り人!」ではなくて、初心者や家族連れ、女性、観光客などです。私自身、各地に釣りに出かけていますが、実はいまだに釣り竿を一本も持っていません(笑)。

『ツッテ』は、手ぶらで行って道具をレンタルできて、魚釣りのレクチャーをしてもらえる遊漁船の情報を基本に、釣った魚を持ち込んで食べさせてくれる飲食店や、おすすめの温泉など、釣りで出かけた地域での一連の楽しみ方を提案しているんです。

編集部

『ツッテ』という名前がすごく印象的ですね。

中川

『ツッテ』という名前自体、「釣って○○する」みたいな感じで、釣りで終わるのではなく、釣ったあとに、その地元でなにをするかを大事にしたいという思いを込めてつけています。

編集部

もともと釣りが趣味だったんですか?

中川

いや、全然(笑)。富山出身ですが、30歳くらいまで、まともに釣りをしたことは一度もなく……。ゲーム会社のGREEに勤めていた際、ゲーム以外の新規事業を立ち上げる業務の中で、リアルな釣りの予約とECサイトを提案したんです。当時「釣りスタ」というゲームが大人気だったので、それにあやかって(笑)。
プレゼンが進んでいくうちに、関わっていたメンバーが全員釣り未経験ということが判明し、市場調査という名目で東京湾にアジ釣りに行ったのが最初。ネットで調べてみると、意外に都内や近郊にも釣り船が多く、レンタルやレクチャーをしてくれるところもあって、手ぶらで行けることがわかったんです。そして釣りをしてみたら、めちゃくちゃ楽しい!

提供/中川めぐみさん

普段はパソコンに向かって仕事をしているのが普通ですが、それが釣り船に乗って少し走るだけで、目の前は広大な海原。「こんな非日常の世界が近くにあったなんて」とリラックスできたことがひとつ。もうひとつは、魚がかかったときの、命の反応。スマホの「ブルブルッ」でない、「ビクビクッ」っていう感触は、生まれて初めて命に触れたみたいな感覚でした。このリラックス感と、狩猟本能を引き起こされるオンオフの繰り返しに、ものすごく癒されたんです。そしてなにより釣って食べたら「おいしい」という感動。完全にハマりましたね。
すごく楽しくてSNSでシェアしたら、普段よりも反響があって。しかも、女の子からの反応がよかったんです。みんな、「実は釣りをやってみたいけれど、簡単にはできない」と思っていたようで。それを私のような素人が行って、いきなりアジが10匹くらい釣れたりしたのを知って、一気にハードルが下がったみたい。「めぐみ、連れてって!」となって、そこから4、5年で100人くらいデビューさせました(笑)。

提供/中川めぐみさん
編集部

釣りの楽しさを実感したことが、『ツッテ』を立ち上げるきっかけになったんですね。

中川

釣りをしてみると楽しくて、釣り具は釣り船で手軽にレンタルできるし、釣り方のレクチャーもしてくれるから安心だし、繰り返すたびに釣りにはまっていって。カワハギの肝が美味しいからカワハギ釣ってみたいとか、マダイを釣ってみたいとか、どんどんやってみたい釣りが増えていきました。
あとは、旅先での過ごし方が釣りによって広がりましたね。全国に海はあるし、調べてみたら道具のレンタルやレクチャーをやっている釣り船も各地にあることに気づいて、旅行先で釣りをしてみたんです。そうすると、単にその地域の魚が釣れるだけじゃなく、地元の人、たとえば船の船長やお客さんと自然に話して、いろんな情報を聞けるように。「あそこはガイドブックに載ってる店だけど、こっちのほうが地元の魚を使っていてうまいぞ」とか、「せっかくなら、あそこの温泉に入っていきなよ。夕日が綺麗なんだよ」とか。
旅に行くたびに、釣り方以外にも地域のことを教えてもらえるのが面白くなっていました。釣りは「地域の生の魅力を知るための入り口」だなと。この一連の楽しみ方に価値があることに気づいたのが、メディア『ツッテ』を立ち上げたきっかけなんです。

地元の飲食店や土産店に還元する仕組み

編集部

『ツッテ』のコンテンツの中で、「ツッテ熱海」や「ツッテ西伊豆」の仕組み、取り組みが画期的だと感じます。

中川

ありがとうございます。これらは、釣った魚を魚市場で、地域の飲食店や土産物店などで使えるクーポンや地域通貨に交換してもらうというもの。でも、あれはたまたまと言いますか、つながりがあったからこそできたものでして(苦笑)。
熱海へは取材兼プライベートで何度も釣りに行っていました。ある日、ついつい釣り過ぎてしまったことがあったんです。そのときに、仲良くしていただいていた熱海魚市場の社長さんに、なんの気なしに「釣れ過ぎちゃったー!」とメッセージを送ったら、「持っておいで! 買い取るよ!」ってお返事をいただいて。その時は5、6000円くらいになりました。
でも、買い取っていただいたお金を私が東京に持って帰るのは、何か間違っている気がしたんです。地域の大切な資源を、自分勝手に持ち出してしまう感じがして。だから、いただいたお金を地域に還元したいと思って、熱海でおいしいものを食べて、お土産を買って帰ったんですけど、これがめちゃくちゃ楽しかったんです。「魚払い」みたいな感覚で。それを熱海魚市場の社長さんに話したら、「仕組みにしよう」となりまして。熱海での事業チャレンジをサポートしてくれるA-bizというセンターの応援をいただきながら、形にしていきました。

編集部

釣り人にも地域側にもメリットのある、地域内の経済循環を生み出していますね。

中川

「楽しいからやろう!」ということで始めたので、収益がすごく伸びているかというとアレですが……(笑)。でも、ありがたいことに、「ツッテ熱海」をさまざまなメディアで取り上げていただいたおかげで、各地から海の魅力を発信するお仕事などをいただくきっかけになりました。

釣りから見える課題と「推し漁師」

編集部

水産庁のお仕事は具体的にはどんな内容ですか?

中川

「水産政策審議会委員」と「水産女子」を務めています。「水産女子」に参加するようになって約3年。全国各地の水産に関わる女性と情報共有などをしています。
「水産政策審議会委員」は、水産に関する審議内容について話し合っていくものなのですが、私がその中で心がけているのは、現場の声を伝えること。私の立場はちょっと特殊で、漁業者にも、釣り船など遊漁者の方たちにも、基本的にフラットな存在。だからこそ聞ける声があります。コロナ前は年間「100釣り」くらい行っていましたし、取材やプライベートで漁業者さんに会いにいくことも多いので、さまざまな地域のさまざまな声が入ってきます。その中で聞いた生の声を、ちゃんと伝えるのが自分の役割かなと思っています。

編集部

現場ではどんなことが問題になっているんですか?

中川

釣り人に関することでは、まずゴミやマナーの問題がありますね。ゴミの不法投棄は論外。釣りをしてはいけない場所での釣りや、船のスクリューに釣り人が投げ釣りした糸が絡まってしまうことなども。これらは、単に「問題であることを知らない」という方もまだまだ多いです。「ここは漁師さんが網を仕掛けているところだよ」「漁船が港に帰ってきたに、投げ釣りした糸をそのまま出していたら船のスクリューに絡まることもあるよ」など、きちんと届けたい人に発信することで、トラブルを減らしていきたいです。
また、釣りすぎてしまい、食べきれないからと、釣った魚が捨てられているなんて話も聞いたことがあります。「数を釣ることがすごい」という文化が定着してしまっていることと、ほかには、遊漁船に乗ると乗船時間が決まっているから、その間はなんとなくずーっと釣ってしまい、結果としてついつい多く釣りすぎてしまうこともあるんです。私も正直、「ついつい釣ってしまう」という気持ちはわかります。もちろん、釣った魚はすべて食べたり、お裾分けしたりしていますが……。これも、たとえば、ある程度釣った後は「釣らないことこそかっこいい!」みたいな、なにかいいインセティブにつなげられたら行動が変わると思って、試行錯誤している段階です。

編集部

漁業者側はどんな課題を抱えているんですか?

中川

魚自体が獲れなくなっているうえに、魚の価格が低迷し、漁業者側の収入が不安定で利益が残りにくいという状況があります。また、担い手、後継者不足は深刻ですね。大量に獲って安く売る時代から、価値を転換していくことが求められていると思います。例えば、品質にこだわって流通させることで高価格でも買ってもらえるようにするなど「量から質へ」価値を変えていけば、漁師さんの利益も残せるのではないかと思います。
けれど、そんな事情を知っている消費者はごく少数。これをちゃんと伝えることで、いまの水産業界の課題がちょっと分かってきたりして、「資源管理をきちんとされている漁業者さんの魚だからこっちを選ぼう」とか「あ、この漁師さんの魚は丁寧に扱われて味が違う!」とか、新たな判断基準が生まれるのではないかと思います。

編集部

なるほど。味も違ってくるんですね。

中川

はい、丁寧に扱われた魚の味は全然違います。おいしさに感動したら「また食べたい!」となりますし、そういうことが世間に認知されていくと、今度は漁業者のほうが変わっていくんじゃないかって。さらに、「最近の漁業界、おもしろそうだから自分もやってみようかな」って人が増えるかもしれない。底上げのためにも、新たな仲間を増やすためにも、海の持続可能性に配慮しながら面白い活動をしている人のことを、みんなにもっと知ってもらうのが大事だと思っています。
ちなみに、量から質への転換にいち早く取り組もうとがんばっている、すてきな漁師さんや魚屋さんの知り合いが何人かいまして。たとえば、獲った魚を丁寧に、なおかつ飲食店や食卓で何の料理にするかまで意識して神経締めなどの「お手当て(下処理)」をするとか、地域の歴史や最新技術を活用して新たなブランドを確立するとか、環境の大切さを広く伝えるために学校や企業で講演活動を行うなど、活動はさまざまですが、彼らのことを勝手に推しています。
つまり、私の「推し漁師」ですね(笑)。この「推し漁師」たち自体やその魚がどんなに素晴らしいかを行きつけのお寿司屋さんに力説していたら、そのお店で仕入れてもらえるようになりました。

編集部

推しメンならぬ推し漁師! お寿司屋さんに「私、いい漁師さん知っているのよ!」って言えるのは、めちゃくちゃかっこいいですね。

中川

個人が推し漁師を持つことも大事ですし、企業が推し漁師を生かすような活動をすれば、広がりがありそうです。社員食堂で、推し漁師の食材を使ったメニューを出したり、推し漁師を招いたイベントを催したり。今は世界的に「食」や「海を含む環境」が注目されているので、水産に直接関係のなかった会社も共創することで、事業のヒントにつながるかもしれません。
そうしていくことで、志ある漁師さんが注目されて、漁師に憧れる人も増えていって、いい循環が生まれそうだなって。そうなったら、彼らの大切な舞台である海を傷つけようとか、ゴミを捨てようだなんて、絶対に思わなくなると思うんですよね。この文化も広げていきたいと思ってます!

日本の海や漁業が抱える問題を「楽しく」発信していく

編集部

中川さんの活動をお聞きしていると、日本の海や地域、食文化への愛情をとても感じます。

中川

それは大いにありますね。日本は東西南北に長くて四季もあり、世界から見ても様々な海産物が楽しめる素晴らしい国です。しかし、地方で獲れた海産物は消費地である都心にほとんど運ばれていき、実は地元に出回っていないというのはよくある話。経済的な理論ではもちろん大切ですが、やはり地域ならではの魅力も残したいし味わいたい。だから、様々な地域で釣りを楽しみ、そのままそこで味わうというのは、とてもいい楽しみ方だと思っています。
また、熱海などでは一本釣りの魚の流通量が少ないらしく、「ツッテ熱海」で一本釣りした魚を持っていくと、地元で獲れた魚を出したい料理店や旅館に喜ばれるそうです。魚釣りを商売のようにする釣り人が出てきたら困りますが、みんなが楽しめる範囲で「お裾分け」のように大切な資源を循環させていけたら嬉しいです。
ちなみに、この仕組みを多くの地域でやろうとは思っていません。やっぱり海って、漁業者さんたちが営みの場所として管理されているので、現状でうまく回っているのであればやりたくない。「ツッテ西伊豆」も、漁師さんが足りなさ過ぎて、地の魚が街に出回らないという課題があり、それを漁師さんの代わりに釣り人の手を借りようということで始まったものなので。地元のニーズと合ってこそ成り立つ仕組みです。

編集部

地域として課題を持っているところとだけ手を組む。配慮していらっしゃるんですね。最後に、記憶に残った地域の食文化などあれば教えてください。

中川

選ぶのが悩ましいですね……たくさんありすぎて。例であげるなら、南三陸のワカメ。採れたての茶色いワカメを出汁にさっとくぐらせて食べるワカメしゃぶしゃぶなんですが、ワカメを採る浜ごとに味も食感も違うんですよ! それが本当においしくて面白くて感動しました。分かる人に教えてもらわないと気づかなかった食文化ですよね。
あと、食材はもちろんですが、人との思い出が印象に残っていて、私にとっては一番大切にしたいことです。ある地域で、漁師さんが大きなアワビやサザエを獲ってくれて、漁師さんやそのご家族、近所のかたと、浜焼きして食べたことが鮮明に記憶に残っています。地域の人と海を見ながらワイワイはしゃいで食べるのが最高に贅沢。その時間の中で地域の人との関係性も深まっていきますし。それこそが、大事にしたい食文化かなって。漁師さんをはじめとした一次生産者さんと、消費する人の距離が、今はすごく遠いです。もっとコミュニケーションをとれる機会を増やしたいですね。

メディアの仕事に携わらせていただいている私は、もっともっと海や漁業が抱えている課題を伝えないといけない。水産業界の中だけで共有していてもダメで、もっと広く一般の人たちにも伝えて、みんなで力を合わせて、笑い合いながら解決を目指すことが大事です。
自分で魚を釣り上げる興奮や、こだわりの魚の美味しさ、キラキラ輝く水面の美しさ、全部含めて楽しく興奮するような時間があって、その背景で伝えたいことを認知してもらえるんだと思います。北風と太陽じゃないですが、「大変なんです!」より、「楽しいよ!美味しいよ!」と言った方が、皆さん関わりたくなるじゃないですか。これからも「楽しい」を軸に、海の恵みを未来に引き継いでいけるよう活動を続けていきたいと思います。

編集部

中川さんがこんなにも「海」に愛着を持つようになった「釣り」は、人と海をつなぐかけ橋になりそうですね。「楽しい」「美味しい」という体験の先に海の現状や課題を伝えていく、そんな中川さんの活動に、これからも注目したいと思います。

 

 インタビュー/児浦 美和  photo&text / Yuki Inui

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