鈴木結美子
型染め作家
Yumiko Suzuki
第11回のゲストは、小田原の老舗かまぼこ屋「鈴廣」の型染作家として活躍中の鈴木結美子(すずき ゆみこ)さんです。鈴廣の歴史は古く、創業は慶応元年(1865年)。そんな老舗の鈴廣が大切にしているのは、企業理念のひとつにある「食するとは、生命をいただき、生命をうつしかえること。」です。創業家に生まれ、鈴廣の思いをビジュアルで表現する鈴木さんに話を伺いました。
プロフィール
神奈川県小田原で江戸より続くかまぼこ屋の鈴廣に生まれる。慶應大学環境情報学部卒業後、大手広告代理店にて営業・マーケティングに従事。作家の森川章二氏に師事し、古典的な日本の染色技法「型染め」を習得。図案・型彫から染色まで全工程を手がける。型染めを軸に、包装紙・テキスタイル・企業へのデザイン提供やブランドディレクションなど、日本のしきたりや美意識を大切に、伝統的な和の意匠に現代的な解釈を加えてデザインする。
・型染め作家として込める思い
・海のめぐみを絶対に無駄にしないというこだわり
・「海」と「大地」が循環する取り組み
編集部
老舗かまぼこ屋の創業家に生まれて、なぜ型染作家になろうと思ったのですか。
鈴木さん(以下敬称略)
「子どもたちには自然の中で育ってもらう」というのが母の教育方針でしたので、山や川や海に囲まれた小田原ならではの地形を生かし、山で遊んだら、川に行き、海に行き、と自然の中でのびのび過ごす時間をたっぷりもらいました。また、遊び疲れたらスケッチブックを渡され、「目の前にある自然を描いてきてね」と。自然の中で遊んでスケッチする。その繰り返しの中で、デザインやイラストなどの芸術系の分野に興味を抱くようになりました。鈴廣では、社名ロゴ、包装紙やパッケージロゴ、カレンダーなどに「型染め」を用いていますが、その制作を40年以上やってくださっている森川章二さんに手紙を書いて、弟子にしてもらいました。
編集部
10代で型染作家を志したというのはすごく早熟なんですね。
鈴木
幼いころから、家族全員「かまぼこ愛」にあふれていまして、常にかまぼこ作りと、いい商売をすることが話題の中心にある生活でした。職人さんが一生懸命作ったものをお客様にどう伝えて喜んでいただくか、子どもながらに、自分の役割はなんだろうと考えていました。経営というよりは芸術、ビジュアル面を担当するのが合うと考えていましたね。
編集部
「型染め」は着物の染色で見たことがあるのですが、「型染め」の技法について教えてもらえますか?
鈴木
手順を簡単に説明いたしますと、まずは図案を描き、柿渋で固めた紙を彫って型紙をつくります。和紙に型紙を乗せ、切り抜かれている部分に米糊を伏せて染料が入りこまない部分をつくります。糊を乗せていない部分に色を染めて乾燥させ、糊を溶かすと、染色した部分と地の部分(和紙の色)とのコントラストが鮮やかに浮かび上がってきます。これで完成となります。
編集部
1枚のデザインに複雑な手間と時間をかけているんですね!
鈴木
はい。ひとつひとつの工程に丁寧にむきあっています。たとえば、魚のデザインとってみても、最初のころは、父に「この魚の口の向きや形はこんなんじゃない。本物をよく見なさい」という指摘を受けることがありました。職人さんが本当に心をこめてつくっている商品なので、デザインに嘘があってはいけないんですよね。
編集部
海の恵みと山の恵み、すべてに感謝する気持ちが感じられる作品ですね。そして、出版している書籍の表紙にもなっているんですね。
「四季を味わう かまぼこのある暮らし」
季節ごとの行事や旬の食材との組み合わせ、かまぼこのある心豊かな暮らしの工夫をご紹介。家庭でも気軽に味わえるかまぼこレシピも十二ヶ月にわたり掲載。このために制作した型染めの作品と、豊富な写真から四季折々の美しさと地元小田原の魅力も感じられる一冊。
鈴木
実家の仕事に携わるなかで最初に担当したのが、この『四季を味わう かまぼこのある暮らし』の制作ディレクションと型染めのデザインです。表紙もそうですが、すべてのページに型染めのモチーフが使われています。1月から12月までそれぞれの月ごとに、その季節を表現する型染めをデザインして、彫って染めてを繰り返すという、終わりのない作業でした。絵を通じて、その食材の生き物としての魅力や旬のある食の豊かさを感じてもらえるよう、野菜の葉の端の瑞々しい表情、魚の尻尾やお腹の流線型のカーブなど、可愛らしいところや、生きのびるために力強く逞しいところを絵としてきちんと観察し忠実に描くように心がけています。
編集部
これをまとめるのは、並大抵なことではなかったのではないでしょうか?
鈴木
そうですね。日本には、節分、ひな祭り、七夕、お節、お歳暮など、季節ごとの行事や風習を大切にして、旬の食材とともに味わう文化がありますが、この四季折々の行事に合わせてかまぼこの魅力も表現しています。ひとつひとつの行事に深い意味があるんですよね。この書籍に携わったおかげで、季節ごとの日本の繊細な食文化を徹底して理解できたので、 今は感謝しています。
編集部
文字にすると「食文化」ってひとことになってしまうんですが、書籍や作品からは大切に慈しむ気持ちが伝わってきます。
鈴木
鈴廣の経営理念の一ひとつに、「食するとは、生命をいただき、生命をうつしかえること。その一翼を担うのが私たちの仕事。かけがえのない地球の中で、この役割こそ我が天職。」というのがあるんです。
編集部
生命をうつしかえること……ですか。深いですね。皆さんその思いで仕事に取り組んでいらっしゃるんですよね。
鈴木
はい! 毎週月曜日に必ず全員で唱和しているので、私もそうですが、完全に体に染み込んでいると思います。
編集部
そんな鈴廣の創業家の「食卓」はどんな感じなのでしょうか。とても興味が湧きます。
鈴木
まわりからは、鈴木家の食卓ほど面倒なものはないと揶揄されますね。鈴廣は添加物を使わないので、普段食べるものに対しても添加物について厳しく、特に弟は商社に入社してノルウェーで水産業の修行して帰ってきたので、添加物については舌が繊細になっていて……。はっきり言って、うるさいですよ!(苦笑)。
編集部
皆さん、食の安全に対して真剣なんですね。ご自身が「食」に対して大切にしていることはなんですか。
鈴木
とてもシンプルですが「残さないこと」ですね。海の命をいただき、商売として生かしてもらっている家に生まれて育ってきたので、いただく命に対しての思いは非常に強いと思います。
また、魚にかかわらずなんですが、私が食品を買う時は、陳列の手前のほうにある賞味期限が近いものを選ぶようにしています。賞味期限や消費期限とありますが、特に賞味期限というのは「おいしく食べられる」期限なので、傷んだり食べられなくなっているわけではないんですよね。まだ食べられるのに、賞味期限が1日切れただけで捨てられていくことが悲しいので、期限の近いもの救い出すこと、残さず食べきれる量をよく考えて買うようにしています。
編集部
なるほど。そこまで徹底して食べものを無駄にしないことを叩き込まれているんですね。
鈴木
それはもう!食べものを扱う仕事ですから。無駄にしないこと、ゴミを減らすことは常に配慮しています。
それから、地球環境の変化、特に海の変化について、やはりいろいろと悪いニュースを聞きますので、心配はあります。魚が獲れなくなっている、小さくなっているということも聞きます。ですから、かまぼこの原料として使ってこなかった魚や、一般的に人気のない「未利用魚」と呼ばれる魚を使って、うまくかまぼこにできないかということも研究しています。かまぼこの魅力ってあのプリっとした弾力にありますから、なんでもいいわけではなくて、魚によって全然違う作り方をしなければいけないんですね。非常に難しい作業なんですが、「魚肉たんぱく研究所」という組織を立ち上げて専門的に研究しています。
編集部
命をうつしかえること、という点で鈴廣さんが取り組んでいる「魚肥づくり」の活動にも注目しています。もう少し教えていただけますか?
鈴木
かまぼこの起こりは、たくさん獲りすぎた魚を無駄にしないように保存食にして命を延ばすことなので、サステナブルではあるのですが、一方で、蒲鉾を1本作るのに約7匹の魚を使うんですよね。そして、骨とか皮とかアラがいっぱい出るので、それをゴミとして捨ててしまうのではなく、魚肥と言いますけど、堆肥にして大地に戻そうという取り組みです。豊かな大地、つまり山から川をつたって豊富な栄養が海に入り、そこで育った魚をいただいているので、無駄なくお返しする。海と大地をつなぐ食の資源循環を作るのが「うみからだいち」というプロジェクトの概要です。
編集部
鈴廣で魚肥を作り、地元の農家さんらと連携して畑で使ってもらい、農作物の栄養にしているんですね。
鈴木
はい。ただ、これはなにも新しいことではなく、江戸時代から魚肥を使っていたので、昔の知恵をお借りしただけなんです。化学肥料などが出回るようになって一度途絶えかけたようですが、元々地元に根づいていた文化、魚肥を作ることにより、「海から大地への循環」を復活させているんです。昔はあたりまえにやっていたことなので、仰々しくいうなと父に言われるのですが、私は発信していかないと伝わらないと思うんですよね。
小田原がかまぼこの産地として栄えたのは、相模湾の豊かな海の幸と、箱根丹沢連山からのきれいな地下水があるからこそ。「海」の恵みをいただくということを考えたときに、森と山と川がいい状態であることは欠かせないので、かまぼこ屋なんですけど、植林活動を支援するなど水源地としての森を守る活動もしています。
編集部
海と大地との命の循環を真剣に考えていらっしゃるんですね。
鈴木
農家さんをはじめ地域の様々な方の協力がないとできないことなんですが、安全な食べものへの意識も高まっていて、協力してくださる方も増えています。「鈴廣かまぼこの里」では、この魚肥を使って作った野菜や果物のジャム、日本酒なども販売しています。
編集部
今日は、鈴廣さんが運営する「鈴廣かまぼこの里」にお邪魔しているのですが、かまぼこを売っているだけではなくて、かまぼこの成り立ちがわかる展示や、子どもから大人までかまぼこ作りが体験できる広いキッチンスタジオを完備した「かまぼこ博物館」、地域の食材を豊富につかったレストランなど、非常に充実した施設が立ち並んでいます。
鈴木
かまぼこ博物館では、魚が海から獲れ、どうやってかまぼこになるかを楽しく知っていただきます。かまぼこを自分で作る体験が非常に人気で、出来たてを召し上がっていただくとその美味しさにみなさん感動してくださいます。美味しい食体験と合わせることで、魚や海を大切に守りたいと思ってもらえるのではないかと。この豊かな食文化を残していくためにも、海の環境変化に合わせて持続可能な未来を作っていけるよう展示内容も意識しています。
編集部
鈴木さんのお話をお聞きして、豊かな海のめぐみをありがたく受け取り、無駄にしないという姿勢、水の循環を保つために取り組んでいる活動など、海と自然を愛し大切にする気持ちがひしひしと伝わってきました。
魚の命をのばすために、先人たちが工夫して生み出したかまぼこは、地域ごとに使う魚種や作り方、形状も様々で、そのひとつひとつに海の豊かさがつまっています。わたしたちの住む日本は、海に恵まれた国。そこには多種多様な魚が生き、食べ方も多種多様に発展していることを、今回も強く感じる取材となりました。私たちの食文化の繊細さ奥深さについてもっと知るとともに、海のめぐみに感謝して、未来につなげていきたいと思います!
インタビュー/児浦 美和 人物写真&Text/戸田 敏治