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持続可能な漁業を追求し、海の豊かさを次世代へ引き継ぐ

臼井壯太朗

株式会社臼福本店 代表取締役社長
Soutaro Usui

第12回のゲストは、大西洋クロマグロに関する世界初のMSC認証を取得した株式会社臼福本店代表取締役社長・臼井壯太朗(うすいそうたろう)さんです。「日本の水産業の課題」と「これからの漁業や海との関わりかた」などについて伺いました。

プロフィール

1971年宮城県気仙沼市生まれ。専修大学法学部法律学科卒業。日本鰹鮪漁業協同組合連合会(現 日本かつお・まぐろ漁業協同組合)スペイン・カナリア諸島ラスパルマス駐在員を経て、1997年家業である株式会社臼福本店に入社。2012年五代目社長に就任。気仙沼の魚を学校給食に普及させる会代表、水産庁お魚かたりべなどを務める。学生時代はフェンシングで活躍し、1995年ユニバーシアード福岡大会出場の経験を持つ。

CONTENTS

・SDGsを意識した新しい漁業のカタチ
・漁業を魅力的な産業にするための取り組み
・気仙沼から日本を変える、世界を変える

SDGsを意識した新しい漁業のカタチ

編集部 大西洋クロマグロ漁において、「海のエコラベル」とも呼ばれるMSC漁業認証を世界で初めて取得したというニュースは大きな衝撃でした。まず、大西洋クロマグロを取り巻く状況からお聞かせください。
臼井さん(以下敬称略) 世界には地域ごとに漁業管理機関があります。大西洋クロマグロは、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)が管理機関です。年に一度、参加する国や地域の代表が集まり、国際会議が開催されて、科学者による資源量のデータを元に漁獲量が決められていきます。 もともと大西洋クロマグロは、1970年代以降、その経済的価値から乱獲が進み、一時は絶滅危惧種に指定されました。事態を重くみたICCATが資源回復に向け、30キロ以下の幼魚を漁獲禁止としたり、漁獲量自体を大幅に制限しているという経緯があります。
編集部 そんな状況の中、臼井さんが代表をされている株式会社臼福本店のはえ縄漁業が、大西洋クロマグロでは世界初となるMSC漁業認証を取得されましたね。

MSC漁業認証とは

持続可能かつ適切に管理された漁業を世界に広めることを目的に設立された「Marine Stewardship Council:海洋管理協議会」の頭文字。MSC漁業認証は厳格な規格に適合した漁業で獲られた持続可能な水産物にのみ認められる証。

Marine Stewardship Counci 公式HP  https://www.msc.org/jp

編集部 漁獲量について厳しく管理されていると聞いていますが、どのくらい厳しいのでしょうか。
臼井 うちでは漁獲されたすべての大西洋クロマグロに通し番号が入った電子タグを取り付け、1匹ごとの電子記録を船上から本社を通じて水産庁に報告。ICCATとも共有され、漁獲量を管理しています。水揚げは水産庁の担当者の立会いのもと行われ、最終的に運搬するトラックの重量と水揚げ量の合計数値を計測し、わずかでも違っていたら漁業ライセンスが剥奪されたうえに刑罰を科せられます。
編集部 厳格な条件のもとで取り組んでいるんですね。
臼井 資源管理は本当に徹底しています。認証を取得するプロセスには、予想以上に困難があり、時間も労力も金銭的にも厳しい面がありました。実は、途中で取得できないかもしれないと思ったこともあったんです。
編集部 国際基準の認証を得るのはそんなに大変なのですね。社会からの反響はいかがですか?
臼井 数多くのメディアで大きく取り上げていただきました。それによって、今まで取引のなかった海外の会社さんからうちのマグロを買いたいという声もあり、取引先から評価を得る機会も増えましたね。 海や漁業の持続可能性を考えて絶対に必要だと思ったことに加えて、違法操業や由来のわからない一部の輸入品と、しっかり差別化を図りたかったことも大きいです。信頼性の高い商品を買いたいという声は、これからますます高まるのではないかと思います。
編集部 社会のニーズに合っていますよね。それにしても、どうしてそこまで苦労してMSC漁業認証を取得したのでしょうか?
臼井 それは、日本の漁業について危機感があるからです。 1980年代、日本は世界最大の漁業国でした。それが今はどうなっているかというと、他国の漁獲量の推移と比べると、日本はどんどん下がっているんです。海外、とくにヨーロッパではシーフードが健康にいいということもあり、注目されている中で、日本だけ魚介類の消費が下がり、肉類の消費が伸びてきているというデータもあります。
       出典:農林水産省Webサイト  https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h28_h/trend/1/t1_1_1_3.html
                           出典 農畜産業振興機構webサイト https://www.alic.go.jp/
臼井 さらに漁業者の高齢化も進んでいます。現在、日本の漁業者の平均年齢は56・9歳。若い人が少ない。遠洋漁業も同じです。うちでは若い人が入ってきて少し下がりましたが、それでも58・4歳。日本の一次産業の代表である漁業は、人気のない職業となってしまいました。
編集部 海外では違うのでしょうか?
臼井 そうですね。まず、漁師というあり方が世界と日本とでは違いますね。たとえば震災後に視察のために訪れたノルウェーでは、漁師の社会的地位が高くリスペクトされています。一番なりたい職業が「漁師」なんですよ。
編集部 日本では、なりたい職業の上位にくることはほぼないですよね。
臼井 そうなんです。国ぐるみで海の未来を見据えて、価値の高い魚を育てて、獲って、売る、という戦略を立てて動いています。だから所得も高くて、子どもたちからも尊敬される。なぜそれが実現できるかというと、結局、環境の変化にも敏感で、資源管理をしっかりしていることがあります。 たとえば、水揚げに関するルールが独特なんです。まず年に一度、漁業団体と卸売業者で最低価格を決めています。卸売業者の損益分岐点ではなくて、生産者側の希望金額、つまりは漁師の暮らしが成り立つ金額が最低価格となり、そこから洋上オークションで最終的な価格が決まります。 また、1漁船当たりの漁獲量が決まっているので、漁業者は1匹当たりの付加価値を付けるため、旬の時期を待ち、漁獲する。小さい魚をとると高く売れないので、見極めるようになり、結果的に魚が高く売れるという仕組みになっているんです。
編集部 なるほど。漁獲枠がエリアごとに決まっていると、早い者勝ちになってしまって、急いで魚をとってしまう傾向にありますよね。
臼井 世の中の流れは今、サスティナブルな方向に舵を切っています。地球環境の変化とともに、人々の価値観が変化しつつある中で、第一次産業もそうです。従来型のままでは立ち行かなくなります。だからこそ、SDGsを意識した新しい漁業のカタチを発信できるいいチャンスだとも思っています。海の未来の持続可能性についてしっかり考え、取り組みをすることで、魅力のある産業として、もっと日本の中で漁業従事者への興味関心がわいて、若者がなりたいと思えるようにしたいと、「 新しい船」も用意しました。

漁業を魅力的な産業にするための取り組み

編集部 新しい船まで造ったんですね! その遠洋漁業船「第一昭福丸」について教えてください。
臼井 コンセプトは「人が集まる魅力ある漁船」。乗組員ファーストで、安全で仕事がしやすく、居住空間もできるだけ陸上に近いような、暮らしやすい環境を目指して造りました。漁業をより魅力的な産業に変えようという取り組みの一環です。
第一昭福丸の外装デザイン
編集部 日本を代表するデザイナー、佐藤オオキさんが手がけられているのですね。漁船のイメージが大きく変わりました!
 船員が集まって団らんするスペース。
臼井 デザインについては、最初はびっくりした船員もいましたが、飽きさせないような工夫がされています。 すごく好評なのがインターネットの高速通信。船上からSNSができたり、YouTubeで動画を見たり。陸上と同じような感覚でコミュニケーションをとることができるようになりました。 「社長さんありがとう。この船に乗れて幸せです。インターネットが使えるおかげで家族との距離がすごく近くなりました。まさか遠洋漁業船に乗っていて、生まれたばかりの自分の子どもの成長が見れるなんて! この船でがんばります!」と、インドネシア人の船員さんからメッセージをもらいました。 それを読んだとき、すごい嬉しくって。高額の通信機器を搭載してよかったと実感しました。
船室にはリラクゼーション効果のあるエアアロマを設置し、ストレス解消につなげる。
編集部 働く人のことを第一に考えて環境整備されているんですね。
臼井 はい、おかげさまで「第一昭福丸」は2020年にグッドデザイン賞もいただきました。 家族と半年~1年間以上離れて、沖で体を張って仕事をしてくれている彼らの働く場所である漁船を、仕事がしやすく快適な環境に整えていくことで、漁師の仕事のイメージも変えていきたいのです。大変なことも多いですが、遠洋漁業ならではの醍醐味や面白さがありますから。船長にfacebookの使い方を覚えてもらって、沖での生活の情報を発信してもらっています。今までにない視点から、漁業のことを見て知ってもらうこともすごく大切だと実感しています。

気仙沼から日本を変える、世界を変える

編集部 臼井さんのさまざまな活動の原動力をお聞かせください。
臼井 気仙沼に本社を置く我々にとって、やはり東日本大震災は大きいですね。弊社のマグロ船は全船が沖で操業中だったので助かりましたが、うちの会社も被災。私も船員の家族や友人知人、多くを亡くしました。
編集部 そうだったんですね……。
臼井 震災で改めて感じたこと、学んだことが3つあるんです。1つ目はエネルギーの大切さ。電気やガスが再び使えるようになったのは半月後でした。それまではローソク生活。電気がついたとき、「こんなに明るかったんだ…」って。エネルギーがなくなって、初めてその大切さ、便利さがわかりました。 2つ目は食の大切さ。衣食住のうち、住むところはテントでも体育館でもなんとかやっていけましたし、服も1着あればなんとかなる。1か月でも生きていける。でも、食だけはどうにもならなかった。あのときに、人は水と食料がなかったら生きていけないっていうことを身をもってわかりました。 3つ目は人のつながり。震災後、いろんな方々に来ていただいて、応援してもらったり、助けていただいたり。人の温かさに触れて、「人ってつながりがあってこそ生きていけるんだ」って、つくづく思いました。 私たちは、生き残ったものの役目として、この3つの大切さを発信し続けないといけないって。
編集部 東日本大震災では海の脅威、自然の怖さを改めて感じたのと同時に、人にとって本当に必要なものはなにかが問われました。
臼井 はい。その中で、私は本業である「漁業」から食の大切さを伝えるとともに、日本の漁業を生まれ変わらせることが私たちの役割だと思っています。 気仙沼の子どもたちは「気仙沼にはなにもない」って言うんです。高校を卒業すると、ほとんどが外に出てしまう。帰ってこない人も多い。でも、そうではなくて、こんなに誇れる漁業という産業が気仙沼にはあるんだよってことを伝えていきたい。 震災の後、ゼロからスタートするときに、元に戻すんじゃなくて「もっといい街にしよう!」って気持ちで、「気仙沼から日本を変える、世界を変える」、そういう気概でいろいろやってきました。 小さなことかもしれませんが、力を入れていることのひとつに学校給食があります。子どもたちが海や漁業を好きになる前に、まず魚を好きになってほしい。でも、今の子は魚嫌いが多い。それがなぜかって考えたときに学校給食に行き着いたんです。
編集部 学校給食、ですか。
臼井 コストの兼ね合いもあり、使われている魚の多くは輸入品です。地元の魚が使われることは少ないんですね。輸入品の多くは、生では食べられない鮮度の魚ということもあり、火を通す以前に魚特有のにおいがあるんです。 「三つ子の魂百まで」といいますが、においによって「魚がおいしくない、苦手だ」という印象を持ってしまう子どもも少なくないんですね。大人だってそうですよね。評判の良い寿司屋さんや居酒屋さんで鮮度のよい魚を食べて、初めておいしいって感じた人もいますから。子どもたちの日常の中で「おいしい魚」を提供できれば、海や水産業に対する印象も変わってくるんじゃないかなって。
編集部 具体的にはどういう活動をされているんですか?
臼井 「気仙沼学校給食を普及させる会」として活動しています。マグロ漁だけでなく、サンマやメカジキ漁を担う漁師さんなどに学校に来てもらい、どうやって魚を獲るかをイラストや模型をつかって話してもらったりしています。
臼井 うちの船で獲れたメカジキをメンチコロッケにして食べてもらったのですが、子どもたちに「肉のコロッケよりおいしい!」と好評でした。 食料産業という、生きる上で欠かせない、尊い産業に携わっています。外から来る人たちにも、漁師さんの働く姿を見てもらったり、生きざまを伝えたりしたい。 漁業を生かしつつ、観光業と融合させて、人のつながりだったり、食の大切さなどを感じられるような体験型の施設やプログラムなども、近い将来に展開したいですし、本当にやりたいこと、やらなければいけないことがまだまだたくさんあると思っています。
編集部 船員さんのことを第一に考えて整備した新しい遠洋漁船や、学校給食における食育活動は、水産業の未来を切り開くひとつの道筋でもあり、社会に対する深いメッセージになります。 臼井さんのお話しをきいていると、漁師とは、魚を獲るだけの存在ではなく、海をよく知り、海を自由に往来し、海の上が居場所であり、海が自分ごとになっている人だと思いました。海に四方を囲まれた日本という国に生きるわたしたちは、この漁師という「海を中心にして生きている人」が、どんな想いでどんな課題を抱えて仕事に取り組んでいるのか、もっと関心や興味を持つべきだ、と感じています。

取材を行った日は、サンマ漁に出かける船を見送るための「一斉出船おくり」の日。大型のサンマ船は資源を守るため解禁日が決まっているので、一斉に出港します。多くの人が港に集まり、期待のこもった熱いまなざしで漁師さんを見つめていました。

威勢のいい音楽を鳴らして、船体にびっしりと付けられた集魚ライトを照らしながら船が港を離れていく姿は気仙沼独特の風景です。ここでもまた、海と私たちの暮らしのつながりを強く実感する取材となりました。こんな景色が未来にも続いていくように、私たちはいま海で起こっていることに関心を持ち、向き合っていくことが求められています。

インタビュー/児浦美和  Text&Photo/Yuki Inui

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