山本徹
株式会社フーディソン 代表取締役
Toru Yamamoto
第13回のゲストは、飲食店向けの生鮮品仕入れECサービス『魚ポチ』や鮮魚専門店『sakana bacca』の運営などを行う株式会社フーディソン代表取締役 CEO・山本徹(やまもととおる)さんです。生鮮流通のデジタルトランスフォーメーションを推進する山本さんに、起業の経緯から、事業を通じて実現したい食の多様性や持続可能性について伺いました。
プロフィール
1978年埼玉県生まれ。北海道大学工学部卒業後、2001年4月株式会社ゴールドクレスト入社。 2002年の退社後、合資会社エス・エム・エスに入社。2003年の株式会社化を機に取締役に。三陸のある漁師との出会いを契機に、水産業界が抱える課題をインターネットの力で解決しようと、2013年4月株式会社フーディソンを創設。水産業界の活性化、水産流通のプラットフォーム化に向けて事業拡大を続けている。
・水産流通が抱える課題をテクノロジーで解決する
・海と食の背景を発信する鮮魚店『sakana bacca』の可能性
・持続可能な水産流通を目指して
編集部
山本さんは水産物の流通において、画期的なデジタルサービスを展開されています。そもそも、水産業界で起業しようとしたきっかけを教えてください。
山本さん (以下敬称略)
実は、水産業は僕にはまったく馴染みのない世界なんです。不動産か介護・医療の業界経験はありましたが、その業界での起業は選びませんでした。
山本
水産業との出会いは、あるサンマ漁師さんがきっかけでした。水揚げされた魚がびっくりするような安い金額で買い取られることを知って。「こんな課題があるんだ」と気づいたそのタイミングが、僕と水産業の関わりの始まりでした。
編集部
課題を解決したいという思いが強かったんですね。
山本
そうですね。そこは自分の特性からも来ているんですけど、当時はなるべく人と競争しないですむようなマーケットを選びたいという考えをもっていました。
山本
マーケットは大きいけれど旧態依然としていて、課題に対して革新的な一手を打つようなプレイヤーが存在していない領域です。業界のインフラ的な存在になれる可能性がありますし、社会の役に立つことができると考えていました。
編集部
どのようにして課題解決に取り組んだのでしょうか?
山本
まず、流通も含めて水産業界ではテクノロジーの活用が進んでいないことに対して疑問を持ちましたね。そこにはそれなりに理由があると思っていたので、いきなりデジタル化するのではなく、最初は自分たちもアナログから始め、デジタル化すべき部分を模索するというアプローチにしました。
全国には数多くの飲食店があり、新鮮な鮮魚を仕入れたい、情報がほしいと思っているはずなので、スマホから簡単に築地市場の入荷情報や産地水揚げ情報の閲覧ができて注文することができる飲食店向けの生鮮品仕入れECサービス『魚ポチ』を立ち上げました。
編集部
産地や、取引きされている魚の状態などが非常に細かくレポートされていて、買う側の気持ちに合わせて情報提供されているんですね。
山本
ありがとうございます。魚って、正直、見た目で分かるのは一部分のことです。おなかを開いてみないとわからない部分もあります。掲載の段階でできるかぎり情報収集をしてコメントとして書き、お客様にお伝えするようにしています。
海と食の背景を発信する鮮魚専門店『sakana bacca』の可能性
編集部
飲食店向けの生鮮品仕入れECサービス『魚ポチ』の他に、都内で鮮魚専門店『sakana bacca』の運営もされています。最近、いわゆる「まちの魚屋さん」は大手スーパーとの競争に勝てずに、どちらかというと、減少する傾向にあると思うのですが、なぜ一般消費者向けの鮮魚店をはじめたのですか?
山本
たしかに今は、スーパーなどで手軽に魚を買えるようになっています。たくさんの消費者に対して圧倒的に安く商品を提供する、という部分では大成功していると思います。
安さと効率が重要で「おいしさはそこそこでいいよね」という世界観の中では、「魚」の魅力は十分に発揮されにくい現状があります。鮮魚は仕入れも保存も難しいですし、加工にも技術が必要です。また、冷凍にしてしまうと品質に差が出るということもありますから、本当に難しいです。
山本
そうなんです。
ちなみに、おいしい魚って、どこで食べますか?
和食飲食店や寿司店など、特化した専門店を選ぶと思うんです。水産の業態の飲食店経営は簡単ではないと言われています。裏を返すと、それだけ差別化の余地があるということですね。
本当においしいものを食べたい人が、品質がそこそこの刺身を食べていたら、だんだん魚に期待しなくなるのは当然です。でも、逆に本当においしいものであれば、支持されるのは明確です。そこに可能性があると思っています。
編集部
なるほど。そこが差別化のポイントなんですね。
山本
そうなんです。効率に軸を置きすぎていて、魚のおいしさ軸で提供しているところが他にないから。そういう意味で『sakana bacca』では価格訴求のために大量ロットで仕入れるよりも、その日のいいものや旬のものをきちんと仕入れて、提供するということを大事にしています。
編集部
ある意味、お客さまを信じているのですね。いいものを出すという原点を守れば、そこを理解し、共感してくれる人はちゃんといるということですね。
山本
はい。年中似たようなものしか並んでいないんじゃなくて、季節を感じられるような魚が並び、自分が食べたことがないようなおいしさとの出会いなど、感動の提供というか、新たな食体験、冒険への入り口みたいにするのが僕らの役割だと思っています。
編集部
水産流通に携わる中で、海を取り巻くさまざまなニュースに触れる機会も多いと思います。一般的には温暖化が地球全体で進み、人口は増え、食料に関する状況も激変しつつある中で、持続可能な水産資源や流通などのあり方について、考えをお聞かせください。
山本
実際、これまで水揚げされなかった魚が北海道で水揚げされるようになったなど、環境の変化についてよく聞きますね。逆に漁獲量がぐっと減ってしまった魚もいます。サンマなどは本当に食べるのが難しくなったり。
山本
もともと、あるサンマ漁師さんへの思いから事業を始めたところもありましたが、水産業全体が同じ問題を抱えているのだと身をもって感じました。
編集部
環境の変化は、会社の経営に大きな影響を与えますね。
山本
最近の温暖化による環境変化のスピードは急速で、なんとかしなければならない課題です。一方、僕らの事業の中でも、いろいろと取り組みを進めています。
山本
食べられる可能性の模索ですね。たとえば「コノシロ」という魚。小骨が多くて流通させにくいんです。一緒に網に入ってしまった場合、今までは魚のエサなどとして使われていました。これを我々は千葉県の漁師さんと連携し、一部買い上げさせていただき燻製風味に加工して商品化しています。
編集部
コノシロ以外にも、取り扱いを始めた魚はありますか?
山本
コバンザメもそうですね。スズキの仲間の魚で、白身で上品な味わいなんですよ。我々はかなり以前から取り扱っていたのですが、当初は仕入れ価格が非常に安かった。けれど、最近は知名度が上がってきて相場価格が高くなっていますね。でも、そういう新たな取り組みにこそ、可能性があると感じています。
編集部
コバンザメっておいしいんですね。知らなかったです!
山本
日本の特定の地域だけで食べられている魚って結構あるんです。マンボウなんかもそうですね。地域には、食べかたのノウハウがあって、その情報を伝えることで新しい食体験に繋がるヒントになると思うんです。『sakana bacca』では、そういった情報を積極的に取り入れて、初めて食べる体験ができるように、売り場や商品に変化をつけていくことでお客様の喜びに繋がると思っています。
編集部
おっしゃるように、特定の魚種だけに集中して食べるのではなく、他の魚に価値を見出して多様にしていくこともサスティナビリティに繋がりますね。
山本
今までメインで食べられていない食材を含めて売り場を構成していくことが、『sakana bacca』の掲げる「毎日の食卓に感動と冒険を」というビジョンにも繋がると思いますし、旬の魚との出会いを求めてきてくださる方が増えていくと考えています。そういうチャレンジができるのも、食に対して好奇心のあるお客さまと日々コミュニケーションをとっているからこそ。我々の特徴であり、役割のようにも感じます。
編集部
日本財団 海と日本プロジェクトの一環で10月に実施した『海のごちそうウィーク』では、「おいしい、以上に知ってほしい海がある」というメッセージを展開し、様々な取り組みをしました。そこで、sakana bacca各店舗様にも協力していただき、キャンペーンのチラシの設置させていただきました。
山本
店頭の掲示を見て、キャンペーンに関心を持ってくださるお客様も少なからずいらっしゃいましたね。
編集部
ちなみに、ご家庭で、海を含めた環境について話したり、伝えたりすることはありますか?
山本
そうですね。我が家では、ちょこちょこお寿司をやったりするんです。見よう見まねですが、酢飯炊いて、魚をお刺身にして、握ったりするのは子どもも、楽しいじゃないですか。見た目は不恰好でも、家でやると楽しいし、おいしいんですよ。
山本
「自分で魚をさばけたら安くておいしく食べられるけど、ちゃんとしたお店で食べると結構高いんだよ。自分で魚を切れるとお得だよね!」なんて、子どもたちに話していて(笑)。うちの子どもは下手なりに、自分でがんばって、さばいたり、握ろうとしたりしています。
編集部
なるほど。食文化への興味、きっかけというのは、そういうところから自然にはじまるのですね。
山本
そう思いますね。そんな経験のせいか、次男は料理人になりたいって言っています。たぶん、身近に感じたんでしょうね。あとは、「おいしい」って思う体験をしてもらうようにしていますね。なんだかんだ言っても、一番説得力があるのかな。頭でっかちになって「知識はあるけれど食べたことないです」というよりは、まずは食べる。加工品を含めて、いろんな魚系の食材を探求してもらうようにはしています。
編集部
「おいしい」が一番自然なアプローチなんでしょうね。そこから海や食文化、環境への興味に繋がる気がしています。
最後に、『sakana bacca』の店舗は、ただ食材を売る場所というよりは、食文化の発信基地のようにも感じます。一般の方々との接点である店舗を使って、今後伝えたいこと、深めていきたいことなどがあれば教えてください。
山本
食材の背景にあることを知ってもらったりするのは大事ですね。漁場で水揚げされた魚がどのくらいの時間をかけて店頭に並ぶとか、誰が獲った魚とか。サスティナビリティの文脈でいうと、イリーガルな「IUU(違法・無報告・無規制)漁業」で獲られた魚が一部流通にのってしまっているという情報もあります。消費者のトレーサビリティに対する意識が高まれば、真面目に努力されている漁師の方が報われる世界に近づけると思います。そういったことも含めて、僕らが伝えていくべき水産業界の課題はまだまだあると思っていますし、積極的に取り組んでいきたいですね。
編集部
課題があるからこそ、新しい可能性がありそうです!
まったく未経験であった水産流通業界に飛び込み、デジタル化によってさまざまな課題の解決に臨む山本さん。「おいしい」という価値づくりに真っ向から向き合いながら、海洋資源のサステナビリティといった課題も含めて事業を展開されている様子に尊敬と共感の念を持ちました。持続可能な水産流通を目指してこれからの取り組みにも注目したいと思います!
インタビュー/児浦美和 Text/Yuki Inui 画像提供/株式会社フーディソン