第19回のゲストは、三重県鳥羽市浦村町で牡蠣養殖を中心にワカメやアサリの養殖と水産加工品の開発、飲食店の経営と多様な事業を営む浅尾大輔さんです。未経験から漁業に挑戦し、低迷していたアサリの収量を増やすことに大きく貢献し、新たな漁業の魅力を発信すべくチャレンジを積み重ねています。今回は浅尾さんが考える漁業の役割とこれからの形を話していただきました。
プロフィール
1979年大阪府生まれ。高校を卒業後、自分のやりたいことを探すために自転車で国内外を放浪し、多彩な職種を経験。2008年、結婚を機に三重県鳥羽市浦村町に移住し、牡蠣養殖業に携わる。その後、同地域で収量が激減していたアサリの増養殖を確立し、2013年に農林水産関係者の最高の栄誉とされる農林水産祭天皇杯を史上最年少で受賞。現在も牡蠣養殖業を軸に幅広い事業を展開している。
・憧れた「俺の職場は海」のひとこと
・アサリで史上最年少の天皇杯
・漁業の営みを発信するのも漁業
浅尾
高校卒業後、進学も就職もせず自転車で旅に出たんですよ、5年くらい。旅の資金を得るため、さまざまな仕事をしました。そんな中、当時は交際中だった妻の親戚が携わっていた牡蠣養殖を手伝う機会がありました。そこで、海の面白さに惹かれたんです。
浅尾
鳥羽市の浦村地区周辺では、満干潮で最大2.5mくらい潮位が変化します。水は1立方メートルで1トンなんですよね。1日に1度か2度、とんでもない量の水が移動するのを目の当たりにして、なにか神秘的なものを感じました。完全に海に魅入られたんです。
編集部
海には人知を超えたダイナミックさがありますね。
浅尾
それから、牡蠣ですね。牡蠣は無給餌養殖です。とはいえ何もせず単純に海の中に吊るせばよいのではなく、潮の流れを考えながら牡蠣を吊るすイカダの位置を決めなければなりません。海と相談するというか、海に寄り添う感じがある。無給餌だから環境への負荷も少ない。そういう魅力にやられましたね。
鳥羽市の海
編集部
漁業者になることに躊躇はなかったのですか。
浅尾
職場を尋ねられた時に「俺の職場は海よ」と言えたらカッコいい!と思ったんです。旅をしながら働いていた時は、自分の居場所を答えられないと感じていたので。このフレーズを言いたくてたまらず、漁業者になったとも言えます。
編集部
奥さまの親戚とはいえ、漁村という社会に入っていくのは大変な部分もあったのではないでしょうか。
浅尾
そうですね。よそ者ですから、なかなか受け入れてもらえませんでした。ただ、それは自分に知識も実力もなかったからで、当然ながら信用もなかった。なので、町内会の草刈り、祭りの手伝い、消防団の訓練、PTA活動など、地域で参加できるものはなんでも顔を出し、中心になって活動しましたね。まずは漁業以外の生活の場で地域の人たちに認めてもらえるように努力しました。
編集部
なるほど。海に関わるにはまずは陸からというわけですね。
浅尾
陸の活動を突破口に、海でも積極的に活動することにしました。素人であるのを良いことに、分からないことは先輩の漁師になんでも聞きました。漁師は感覚的なんですよね。こういう風が吹くと河口に魚が来るとか、鳥の糞が牡蠣の栄養になるとか、経験による感覚的な知識をたくさん持っています。それらを活用して良い牡蠣を育てたり、魚をたくさん捕ったりしています。ただ、僕には経験もないし、感覚で仕事をするのが性格的にも難しかった。そこで、データに基づいた根拠を持っている水産試験場の研究員さんと積極的に情報交換するように努め、さまざまな面で協力してもらいました。
編集部
アサリ養殖を始めたいきさつを教えてください。
浅尾
漁業者になって2年目の2010年、「以前はこの辺でもアサリがよく捕れたが、今は捕れなくなった」との話を聞きました。子どもの頃から潮干狩りが好きだったので、夏場の牡蠣養殖が暇な時期に少し試してみましたが、本当にほとんど捕れず、皆が言う通りアサリが少なくなったのだと実感しました。その時ふと「この環境でアサリを増やすことができたら……」との思いが心に浮かびました。
編集部
アサリの資源減少には、どんな原因があるのですか。
編集部
主な原因として、海洋の酸性化があるようです。大気中の二酸化炭素濃度が上昇した影響で海の酸性化が進んでいて、砂浜もその影響を受けています。アサリは幼生が流れてきて砂浜の浅瀬に着底し、大きくなるにつれて砂に潜っていくのですが、海が酸性だと育ちにくかったり死んでしまったりします。
編集部
酸性化は恐ろしいですね。どんな取り組みをしたのでしょうか。
浅尾
牡蠣殻を特殊加工で固めた「ケアシェル」という商品があり、浜の酸性化の中和に効果があるといわれていましたが、アサリの収量にどんな影響がでるかまだはっきり確かめられていませんでした。そこで効果を確かめるため、このケアシェルが入ったネットを浜に設置しました。まずは狭い範囲でスタートしてみようと、初年度は20袋だけ置いてみたんです。
浅尾
半年後にその浜を見回りましたが、砂地にアサリは全くいませんでした。せっかく置いたのに効果なかったな、と思ってケアシェルの入ったネットを持ち上げたら、その中にアサリがいたんですよ。あまりに不思議で「ん?誰かが入れてくれたかな?」と思いました(笑)
浅尾
はい。僕らの浜にもアサリの幼生は流れて来ていたが、砂浜が酸性化していたから定着しなかった。そんな仮説を立て、翌年は同じエリアのいろんな場所に、前年の3倍の60袋のケアシェルを設置しました。すると、結果として60袋全てにアサリが育っていました。これはもう取り組みは成功したと確信しましたね。
編集部
通常は捨ててしまう「牡蠣殻」が役立つという点でもすばらしい取り組みですね。
浅尾
そうなんです。その一連の出来事を水産業の甲子園とも呼ばれている「青年女性漁業者交流大会」で発表したところ三重県代表となり、全国大会の漁業経営改善部門で優勝。それが認められて農林水産大臣賞をもらい、最終的に農林水産の世界で最高峰の栄誉とされる農林水産祭天皇杯までいただきました。
編集部
どこの浜もアサリの減少に悩んでいる中での成果だったので、注目度は高かったと思います。漁業関係者から問い合わせや視察なども来るようになりました。ただ、アサリを成長させる方法を見つけたとはいえ、そもそも成長させるべきアサリの幼生は違う浜から流れてくるんですよね。そこが駄目になってしまえば、どんなに良い仕組みを考えてもアサリは成長しません。ですから、鳥羽市沿岸を含む伊勢湾全体を大きな種苗器に見立て、地域の漁業者全員で力を合わせて取り組むべきではと考えています。
編集部
アサリの成功だけにとどまらず、漁業の営みを体験できる「漁村アクティビティ」の開発にも取り組んでいらっしゃいますね。
浅尾
はい。「漁師の貸切アジト アンカー」という宿泊施設に携わり、「牡蠣イカダクルージング」「ワカメ刈りクルージング」など、ここでしか体験できないプログラムを宿泊者に提供しています。ただ単に外からのお客さんを受け入れ、牡蠣やワカメの養殖現場を見てもらうということではありません。もっと海の魅力やダイナミズムを感じてもらい、我々やこの地域のファンを増やしたいという思いで取り組んでいます。
Anchor. | 漁師の貸切アジト (anchorajito.com)
編集部
なぜこのような取り組みを考案したのでしょう。
浅尾
テレビでは、漁村を訪れた旅人に漁師が気さくに声をかけ、バーベキューに誘う場面をよく見ますが、実際はそんなことはまずありません。漁村は、旅行者をいつでも受け入れられる体制にはなっていないからです。だから、漁村に興味を持ち、漁村ならではの体験をしたいと思う人がふらりと訪ねて来ても、行き場がないままに帰っていきます。漁村には非常に大きなポテンシャルがありますが、事業やサービスとして形になっておらず、もったいないと感じています。なにも新しいことなんてしなくてもいい、ただ「漁業の営み」そのものを体験できることに価値があるんです。
【牡蠣イカダクルージング】 伊勢志摩鳥羽の海に並ぶ牡蠣養殖イカダまで漁船でクルージング!養殖イカダに吊るされている大量の牡蠣マンションを観ながら漁師さんから直接牡蠣の養殖方法を聞いたり、実際に牡蠣ロープを持ってみたり、ご希望の場合はイカダに乗って仲間と一緒に記念撮影も可能です♪漁師さんが育てた牡蠣も提供して頂けますので、蒸し牡蠣や焼きガキなどお好みの調理法でご堪能くださいませ!実際に生産現場を体験してから食べる牡蠣は『幸せ』が口いっぱいに広がること間違いなし!
【ワカメ刈りクルージング】 漁船でワカメの養殖現場までクルージング!ワカメをその場で刈って食べることもできます。市場には決して出回らない『ワカメのはじまり』を食べられるのも現場ならでは!また獲れたてのワカメをAnchor.でみんなで調理して、しゃぶしゃぶで試食!コリコリ感と弾力があって絶品です♪ワカメをお湯につけた瞬間に現れる鮮やかな緑色は感動ものです♪“骨つきカルビ”ならぬ、“茎つきメカブ”をしゃぶしゃぶしてカブりつくワイルドな食事にも、ぜひ挑戦してみてください。
浅尾
ええ。単純に水産物を出荷するだけではなく、漁業や漁村の営み自体を発信する。それによって漁業者個人や、特定の漁村へのファンができる。これを多くの場所で取り組むことで、全国の漁業や漁村、ひいては海そのものの魅力をもっと広く伝えることにつながれば、と思っています。普段は海と縁がない人でも、ここでの魅力的な体験を通して、海に興味を持ったり、海を好きになったりしてほしい。その結果、海を大切にする人が増え、末永く海の恩恵にあずかれることを願っています。
編集部
おっしゃる通りです。いま漁業従事者の高齢化や担い手の減少がニュースになっていますが、海に日常的にかかわり、生業にする人が減ってしまうと、海への関心も低くなりますから、どんな変化が起こっているのか分かりにくくなってしまいます。浅尾さんのように、自ら課題を見つけてまわりを巻き込みながらどんどん解決していく方がいると、消費者も引き付けられますし、刺激を受けて漁業や観光業の面白さに気づき携わりたいと思う人が増えていくのではないかと感じました。
生産者さんの顔の見えるような情報や魅力的な体験のプロデュースが全国のあちこちで広がっていくことを期待しています!
インタビュー 児浦美和/text 品川真一郎