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かまぼこと昆布締めのメカニズムからひもとく、食と水産資源の未来

小南友里

東京大学 助教
yuri kominami

第20回のゲストは、900年余りの歴史を持ちながら、未だその形成のメカニズムが解明されていない「かまぼこ」について、研究を続けている小南友里さんです。かまぼこ形成技術を一般化して広く利用できるようになることで、水産資源の有効利用を促す取り組みを続けています。「美味しいの基礎」を作る小南さんに加工食品の奥深さと一般化の重要性について伺いました。

プロフィール

広島県生まれ。学歴/2012年、東京海洋大学海洋科学部食品生産科学科。2014年、東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科博士前期課程。2017年、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程。経歴/2017年〜東京大学大学院農学生命科学研究科特任研究員。2019年〜東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教。2021年〜東京大学大学院農学生命科学研究科助教。

CONTENTS

・実は分からない「かまぼこができる理由」
・かまぼこからアプローチする水産資源の有効利用
・昆布締めの美味しさを解き明かす
・水産資源の未来と海への意識

実は分からない「かまぼこができる理由」

編集部 小南さんが研究している「かまぼこ」について伺います。かまぼこのもとになる魚のすり身は、日本をはじめとするアジア圏以外でも利用されていると聞きました。
小南 すり身は淡水魚でも海水魚でも、どんな魚でも作れます。東南アジアはつみれのようにして茹でるもしくは揚げる、ヨーロッパではカニカマが主流など、さまざまな形で利用されています。また、味にくせがないので多様な料理に使用できるため、世界で注目される食材となっています。
編集部 魚種は問わないんですね。この研究を製造施設を持たずに進めるのは難しいことも多いのではないでしょうか。
小南 かまぼこの研究は、創業150年を超える老舗「鈴廣かまぼこ」さんと共同で行っています。鈴廣かまぼこには、「魚肉たんぱく研究所」という独自の研究所があるおかげで、製造現場とかなり近い立ち位置で研究ができています。かまぼこの製造工程は、まず、魚の肉を食塩と一緒に擦ると粘りのある「すり身」になります。すり身の状態というのは流動体で、それを加熱するとゲル化します。物理化学的に状態が変わるんです。流動体からゲル化するためには、タンパク質が結びついて何らかの構造体をつくらなければなりません。でも、タンパク質のどの部分がどのように結合して、どんな構造を作っているか分からない。しかもそのタンパク質の結びつきと、それで作られる構造が魚種ごとに違うんです。

魚肉たんぱく研究所HP

画像提供:鈴廣かまぼこ
編集部 なんと!かまぼこになる原理はまだ解明されていないんですね。でも、それが分からなくても、かまぼこ自体は出来上がるんですよね。
小南 そうなんですよ。例えば、マグロとカツオをアミノ酸レベルで見ると筋肉中のタンパク質のアミノ酸配列がすごく似ているんです。でもかまぼこを作るとぜんぜん違うものができる。なぜそうなるか100年近く研究が続けられているのに、今も分からないんです。
編集部 小南さんの研究で、かまぼこの謎が解き明かされるかもしれないですね。
小南 私たちの研究は、すり身の分子レベルの構造を解き明かすというのもありますが、すり身技術を「一般化する」ということに主眼を置いています。例えば、サケとヒラメを1対1で混ぜた時の硬さと3対1で混ぜた時の硬さを比較すると、3分の1とか3倍とかにはなりません。でも、その関係式を推定することはできます。
画像提供:鈴廣かまぼこ
編集部 なるほど。そうやって推測できるようにしていく。
小南 なぜこうなるかという根本的な解決方法を見つけるのも大切ですが、個別に特徴を持っている魚肉を合わせることで、こういう特性の製品ができるという予測モデルを企業に提供します。企業はそれを使って自分たちが考える美味しい製品を作って市場に発信する。「美味しい」の基礎を作る研究だと思っています。

かまぼこからアプローチする水産資源の有効利用

編集部 このかまぼこ製造の予測モデルが、水産資源の枯渇を防ぐ可能性もあるということですが。
小南 現在、漁獲した魚介類の中で、約10%が海上などでそのまま投棄されていると推定されています。投棄される理由は、毒があるからというものもありますが、食べられるものも多く捨てられています。値段がつかなかったり、水揚げ後の処理に時間がかかったり、理由はさまざまです。
編集部 もったいないですね。海上で投棄されるような魚もかまぼこに活用できるんですか?
小南 はい。可食部は全てかまぼこになります。どの魚を使って、どういうレシピにすると、どんなかまぼこができるのかが分かれば、投棄されるような魚も水揚げされ、漁業者の糧となります。価格の安定した魚種のみを漁獲すると、そこに漁獲圧が集中して漁業資源を減少させることになります。ただ、かまぼこなどの加工品へ利用できるようになれば、幅広い魚種を漁獲して収入を得られるようになる。その結果、漁獲圧が分散して持続的な漁業につながると考えています。
編集部 どんな魚でもきちんと収入になるなら、むやみに漁獲することはなくなりますね。
小南 そういうことです。これは未利用魚の活用というよりは、捕れた魚を無駄なく食べましょうということです。漁業者にも生活があり、生活があるからこそ処理が面倒だったり価格が安い魚を投棄してしまいます。ですが、投棄されるような魚に値段がつくなら、それらも水揚げされて漁業者の収入になります。幅広い魚種の利用価値が上がれば、結果的に水産資源の有効な活用にもつながっていきます。
画像提供:鈴廣かまぼこ

昆布締めの美味しさを解き明かす

編集部 そして「昆布締め」の研究もはじめたそうですね。
小南 昆布締めは日本で古くからある加工方法で、魚の水分を昆布が吸って、昆布の旨味が魚に移って、魚が美味しくなって保存期間も伸びるという加工食品です。そこまでは分かっていますが、では昆布と魚にどんな物質移動があって、こんな効果が出るというメカニズムは解明されていないんです。
編集部 古くからやっているから分かっているものだと思っていました。
小南 もともとは養殖業の会社と共同でマグロの熟成の研究をやっていたんですよね。魚の肉にはATPという核酸系化合物があり、魚が死ぬと細胞内の酵素がATPを分解して旨味成分であるイノシン酸に変えます。これが熟成中に起こる重要な反応の1つです。ただ、時間を置くとイノシン酸がどんどん増えていくということではなく、あるところまで増えると今度は減少に転じるんですよね。ピークを過ぎて旨味成分が減少している段階のことを、いわゆる「熟成した」状態として指している場合も多くあります。つまり、旨味成分の量だけでは測れない複合的な「美味しい」があるんですよ。
編集部 私たちが感じる味わいと旨味成分の量は必ずしも比例しない。
小南 そうなんですよ。美味しいの指標として使っているものだけでは説明ができないんです。そういう研究をやっている中で、そういえば昆布締めも美味しい加工方法だなって思ったのが研究のきっかけでした。
画像提供:岡田大介さん
編集部 確かに熟成と昆布締めは要素が似ているかもしれませんね。水分を抜いて旨味を凝縮するような。
編集部 熟成もペーパーで水分を吸いますし、昆布締めも昆布が水分を吸う。水分のコントロールは重要な要素なのですが、旨味成分は水溶性なので、むやみに水分を取ってしまうと、旨味成分も一緒に抜けてしまうのではと思うんです。その辺もまだ分かっていないんですよ。私たち研究者は一般的な昆布締めのやり方に精通しているわけではないので、寿司作家の岡田大介さんに調理技術の指導をしていただいて進めています。

寿司作家 岡田大介さんインタビュー記事

画像提供:岡田大介さん
編集部 やはり昆布締めも最終的な目標は「一般化する」ということになるんでしょうか。
編集部 そうですね。こういう魚をこんな昆布で締めたら、何日後にはこういう味と食感になりますよっていう予測モデルを作ろうとしています。一般化した予測モデルを企業に渡し、あとはそれを使ってそれぞれの企業が思い描く「美味しい」商品が作られ消費者のもとへ届く。私たちの目的はそういうところです。

水産資源の未来と海への意識

編集部 小南さんの研究は一貫して「美味しいの基礎を作る」ということかなと思うのですが、これらの研究を進めることで、どんな未来が待っているのでしょうか。
小南 今は魚を食べたいと思ったら当たり前に手に入ります。ただ、このまま水産資源が減少し続けると、最悪の場合、魚が食べられなくなります。そうなったら大豆で作った偽物の魚肉か、培養した魚肉しか食べられない。そういうものでも可能な限り美味しく食べたいじゃないですか。
編集部 そうですね。そんな未来になってほしくないのですが…。
小南 今捨てられているものをなんとかして、少しでも長く水産資源を利用できる状況を作る。それでも厳しくなったら可能な限り代替品を美味しく食べる仕組みを作る。海に危機が訪れていることを念頭におきながら、美味しく食べつづけられる未来にするために、まずは魚介類の味や調理方法に興味を持ち、さらにその先の「海」自体にも興味を持ってもらう。一人ひとりがそういう意識を持って、水産資源や海を大切に思っていただけるとうれしいですね。
編集部 小南さんのお話をきいて、当たり前に食べているものの裏側には、まだ未知の部分が沢山あるということに、大きな驚きを感じました。「美味しい」を楽しむだけではなく、学問的なアプローチで「どうしてこんな味になるんだろう」「どんな構造になっているんだろう」と研究を深め、「美味しいの基礎」をつくっている小南さん。研究によって謎が明らかになり、そして海と食の未来に興味や関心を持つ人が増えることを期待しています!

インタビュー児浦美和/text品川真一郎

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