海の食文化体系
2026

魚を「守る」と言う前に、
私たちはどれだけ魚のことを
知っているのだろう?
-海と食文化を巡る、15の現場の声

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魚はどのような食べ物になっているのか

日本人は「海」そのものを食べてきた。魚と塩の関係

現場の声

青山 志穂

一般社団法人 日本ソルトコーディネーター協会代表理事

日本人は「海」そのものを食べてきた。魚と塩の関係

魚は、“そのまま”では食べられない。 私たちは魚を食べてきたと思っているが、実はそう単純な話ではない。 簡単に鮮魚が手に入らない時代が長く、干物や発酵といった加工が前提だった。 そこに欠かせなかったのが塩だ。魚と塩の関係をたどる。

CONTENTS

  • 魚はなぜ、そのままでは食べられないのか

  • 魚食は塩によって成立してきた食文化
  • 日本人は魚ではなく、海そのものを食べてきた

魚はなぜ、そのままでは食べられないのか

何も下処理をせず、魚をそのまま食べる機会はほとんどない。たいていは、何らかの調理をする。釣り人が自分で釣った魚を船上でさばいて食べたとしても、船に持ち込んだしょう油をつける前に、ウロコや内臓を取り除いた魚体を洗うだろう。その水は、ペットボトルに入った真水かもしれないし周りにいくらでもある海水かもしれない。

魚は、そのままで食べることは稀なのだ。

「魚は下ごしらえから何から何まで、塩を使うんですよね。というよりも、魚が塩を一番使います。味つけする以外にも、和食はとにかく使うんです。紙塩、立て塩、水塩……とにかく、塩がたくさん出てきます。ことお魚に関しては、お塩を振ってある程度、時間を置いて少し脱水させてから焼いて調理に持っていくことが多いじゃないですか」

紙塩は、濡らした和紙で食材を包み、直接塩があたらないようにして均等に塩分をなじませる。水塩は濃度を高めた海水または塩水のことで、霧吹きで均一に素材に吹きかけうま味を引き出す。アサリの砂抜きは立て塩など、確かに調理工程で塩を使用する機会は多い。

「下ごしらえに塩を使う理由は、2つの作用があるからです。ひとつは脱水をして余計な水分を抜いて、魚の身を締めることでうま味を凝縮させること。その時、トリメチルアミンが水分と共に出ていくので、魚特有の臭みを軽減させます。もうひとつは、タンパク質を強固させる働き。魚の表面がキュッと固まるので、焼き崩れを防いだり、煮崩れを防いだりという働きがあります。これにプラスして味つけもするので、塩は魚には3つの働きがありますね」

魚料理の基本は「塩をふる」。家庭科の授業でも教わり、料理レシピにも必ず「表面に浮いてきた水分をしっかり拭き取りましょう」とセットで書かれる。

「でも、実はお魚の塩の使い方は4つですね。焼き魚は尾びれが焦げて落ちないように、塩で固める飾り塩をします。鮎の塩焼きを思い浮かべてもらうと分かりやすいですね。こうやって、お魚に関して、塩は調理の下ごしらえから見た目を整えるためにまで、たくさんの役割があるんです」

魚という食材は、「処理されて初めて食べ物になる存在」である。その処理の中心にあるのが塩なのだ。魚と塩の関係は、やがて保存と流通においてより密接な関係に至る。

魚食は塩によって成立してきた食文化

魚は、獲れた場で食べるものではなかった。むしろ、その場で食べられる方が例外に近い。

鮮魚はすぐに傷む。港町で漁場と近い地域では魚を生で食べる機会に恵まれたこともあったが、『魚食文化はどのように成立し、変化してきたのか』で濱田武士先生が指摘する通り、鮮魚流通が本格化するのは戦後の高度成長期、昭和30年代である。

「フレッシュな魚が手に入りやすかったわけではないので、魚を食べる時は干物だったんですよね。干物は塩水につける。昔は、海水を少し煮詰めたものにつけるだけでもいい。でも、塩で加工して保存性を高めないと運べないんです。それも、どちらかというと塩蔵よというよりも発酵。鮓とか作る時に菌をコントロールする目的で入れるみたいな感じですよね」

塩蔵は微生物の働きを抑えて保存性を高める方法。一方、鮓のような発酵食品では、塩の量を調整することで特定の菌だけが働く環境を作る。腐らせないためではなく、食べられる状態へ導く技術のために使うものが塩であった。

魚はその場で消費されるだけではない。時間と距離を越えて運ばれてきた。

「たとえば、福井から京都に向かう鯖街道、長野へ運ぶブリ街道。海から内陸部に運ぶのを可能にしたのは塩です」

海から遠い土地にとって、海の魚は日常的に手に入るものではなかった。だからこそ、保存され運ばれてきた魚は特別な意味を持つ食べ物となる。

「長野ではお正月にいまも塩ブリを食べます。貴重な魚と塩が運ばれてきてるわけですから、いまもハレの日の食事として残っているんですよね」

その一方で、魚は運ぶものだけでなく、塩を使い時間をかけて食べるための工夫も行われてきた。たとえば、新潟県では、秋鮭の雄を塩のみで漬け込み、寒風にさらし星上げる塩引鮭がある。

魚を保存する、魚から時間をかけて水分を抜く、魚のうま味を引き出していく。塩は魚の変化を止めるだけでなく、変化をさせるためにも使われてきた。それは、かつての山村では単なる保存食ではなく、時間と距離を越えて届いた贈り物のような存在でもあった。

日本人は魚ではなく、海そのものを食べてきた

塩は魚だけのものではない。海藻もまた、塩と共に食べられてきた。すぐ浮かぶのは、塩蔵のワカメや海藻類だが、いまはそれだけではない。

「塩はお魚だけのものじゃなくて、海藻類とも合うんですよね。海苔に塩を合わせると、海苔の味がすごく際立ちます。韓国海苔もそうですよね」

塩は素材の輪郭も引き出す。ここで、よくある誤解が魚には海水塩、肉には岩塩という単純な対応関係だ。日本は岩塩の採掘は行われていないため、国内で食料消費される塩の大部分は海水塩。日本伝統製法の製塩の原料は海水である。

「よく世間的に海水塩だからこうとか、岩塩だからこうっていう分類をしたがるんですけど、製法によってコントロールができてしまうので、一概に言えないんです。ローストビーフとか牛肉みたいな赤身は鉄分が多いじゃないですか。ピンク岩塩だと鉄分が多くふくまれているので、食材と塩に共通項があります。その方がうま味を感じやすいので、そういう意味ではローストビーフにピンク岩塩が合っています。でも、ローストビーフに海水塩が合わないのかといえば、そうではなくて、鉄釜で海水塩を煮詰めれば鉄分を含むので、海水塩だって合わせられるんですよ」

製造方法でコントロールできるという塩は、時には海そのものの要素が取り込まれる。

「藻塩というお塩は、日本でしか作っていません。作り方は色々ありますが、現代で一番多いのは海水に海藻を入れて煮出し、結晶させる。海藻から出汁をとっているということですよね。だいたいホンダワラを使っていますが、日本は海藻が生える区域が広いので、アラメやアカモク、ヒジキもありますよ。沖縄ならモズクですね。その地域で食べる海藻類を使うんですよ」

地域性による違いは、実は塩そのものにも及ぶ。

「黒潮の塩はあっさりしていて、親潮の塩はどっしりしてる傾向がありますね」

そして、海水塩は地形と季節の影響も受ける。

「川の水が湾内に多く流れ込む地域では、山が季節でうつろうため湾に滞留する海水の雰囲気も変わります。それを春夏秋冬の塩として、作り分けているメーカーさんもあるくらいです。最近は夏が長いので秋の海水塩を採れる時間が短くなりましたけど、季節性は魚だけじゃなくて、塩の世界でもあるんです」

さらには、地球そのものともつながっているのが塩である。

「満月か新月の海水なのかでも違います。スピリチュアルの話じゃないですよ(笑)。満月の日は引力が強くなって実際に海水が引き寄せられるので、中層と表層の海水が混ざります。境界線があやふやになるので、中層と表層の栄養がミックスされて、ボリューム感のあるふくよかな味わいになることが多いです。逆に新月の日は引くので、いつもより少し磯くさいというか海っぽい香りがする塩ができたりします。塩は地球環境を映し出して凝縮したものです。すべての環境を反映しているものですから、塩はコンディションの影響を受けるんです」

塩は、単なる調味料ではない。魚や海藻、そして海そのものを、食べられる形へと変えてきた。海産物は、塩によって処理され、保存され、運ばれ、はじめて人の口に届く。日本人は魚を食べてきたのではない。塩を通して、海を食べてきたといえるかもしれない。

プロフィール

青山 志穂

一般社団法人 日本ソルトコーディネーター協会代表理事

日本人は「海」そのものを食べてきた。魚と塩の関係
東京都生まれ。カゴメ株式会社にて商品開発・マーケティングに携わり、2008年から塩の専門店事業部の責任者を務める。 2012年に一般社団法人 日本ソルトコーディネーター協会設立。国内外でのセミナー、塩を基盤とした地域活性化などを行う。国内外の400を超える国内外の製塩所を訪問、保有する塩のコレクションは約2400種類に及ぶ。著書に『免疫力をあげる塩レシピ』、『日本と世界の塩図鑑』(あさ出版)などがある