海の食文化体系
魚を「守る」と言う前に、
私たちはどれだけ魚のことを
知っているのだろう?
-海と食文化を巡る、15の現場の声
序章 INTRODUCTION
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築地場外市場は、年末には観光客の来場を控えてもらうアナウンスをするほど人が集まる一大観光地で、マグロの初競りの落札価格の数字は正月明けの風物詩。秋になればサンマの価格も報じられるが、それでも日本人は魚を食べなくなったと言われて久しい。私たちは、何を見て魚を語っているのだろうか?
序章:前編魚をめぐる価値の構造
私たちは本当に魚を食べなくなったのか?
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生産地では日々、多くの漁船が水産物を積載して港に着岸する。そこから、市場を経て小売店に魚は並び、消費者の食卓にのぼるが、それが美味しい魚であると判断される基準はどこにあり、どの段階で決められているのだろう? 合理的であるがゆえに、日本の水産物流は、美味しさの起点が曖昧になっている。
序章:後編魚をめぐる価値の構造
美味しい魚はどこで、誰が決めるのだろう?
現場の声
VOICES FROM THE FIELD
魚はどこから
届いているのか
魚は、海からそのまま食卓に
届くわけではない。
漁師、流通、加工、料理人、売り場、
そして食べる人。
それぞれの現場での判断が重なって、
はじめて「食べられるもの」になる。
15名の現場の声から見えてきたのは、
その当たり前が意識されないままにある
という現実だった。
どこかひとつが変われば、
魚のあり方も変わる。
減っているのは魚そのものなのか、
それとも、その関係なのか。
明確な答えは出ない。
ただ、確かに言えるのは、
魚は海だけでは届かないということだ。
そしてもうひとつ。
それを受け取る消費者の準備もまた、
同じように問われている。
減らさないことか、
それとも獲り続けられる形に
変えていくことか。
私たちは、
その選択にどうかかわっていくのだろう。
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日本は「魚を食べる国」だと言われてきた。 そのイメージは本当に歴史の事実なのだろうか。 流通や保存技術、家庭の変化といった複数の要因をたどると、そこには”魚食は自然に続いてきた文化”とは異なる、もうひとつの姿が浮かび上がる。 私たちが当たり前と思っている魚食の風景を、改めて見つめ直す。
1章魚食の前提はどのように作られてきたのか
魚食文化はどのように成立し、変化してきたのか〈前編〉
濱田 武士
Hamada Takeshi
北海学園大学経済学部教授 専門は漁業経済学、地域経済論、協同組合論
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魚を食べる習慣は、これからも続いていくのか。 価格や調理の手間だけでなく、食べ方の変化や海外との関係やいくつもの要素が絡み合い魚食をめぐる環境が変わるなかで、私たちは何を失い、何を残していけるのか。 その未来を考えるための視点を探る。
1章魚食の前提はどのように作られてきたのか
魚食文化はどのように成立し、変化してきたのか〈後編〉
濱田 武士
Hamada Takeshi
北海学園大学経済学部教授 専門は漁業経済学、地域経済論、協同組合論
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魚食文化は、誰によって支えられているのか。 漁師、流通、料理人とつながるなかで、日本の料理人は魚を扱う技術で評価されてきた。しかし、その技術は料理人だけで成立しているわけではない。 “第二走者”である卸の変化が、魚との関係を変えつつある。
1章魚食の前提はどのように作られてきたのか
料理人がいなければ、魚食文化は残らない。「第二走者」と料理人が握る、日本の海の未来
君島 佐和子
Kimishima Sawako
フードジャーナリスト 長年にわたり国内外の料理人を取材する、元・『料理通信』編集主幹
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魚はどのように日本の食卓に根づいてきたのだろうか。 寿司や刺身といった日本の料理も、その背景には海を通じた文化交流がある。外から来た食材や技法は、地域や家庭の中で形を変えてきた。 魚食文化の歩みをたどると、いまの食卓の見え方も変わる。
1章魚食の前提はどのように作られてきたのか
日本の魚食文化は、世界との交流から生まれて進化した
青木 ゆり子
Aoki Yuriko
各国・郷土料理研究家 世界の料理 総合情報サイト『e-food.jp』代表
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魚の美味しさは、どこで決まるのだろうか。 海から揚がった瞬間がもっとも良い状態にあるとすれば、その価値はどのように保たれ、どこで失われていくのか。 流通の過程で避けられない変化と、それに抗う現場の工夫。 その積み重ねから、魚の「美味しさ」の輪郭をたどる。
2章魚はどのように食べ物になっているのか
浜で100点の魚を、100点のまま料理人へ〈前編〉
藤本 純一
Fujimoto Junichi
漁師 独自の挑戦を続け、『ゴ・エ・ミヨ 2021』日本版で『テロワール賞』を受賞
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魚が食べられなくなったのではなく、「美味しさ」を知る機会が失われているのかもしれない。家庭で魚が選ばれなくなったいま、その価値はどこで決まり、どう伝わるのか。味の記憶はどのように生まれ、次世代と引き継がれるのか。 魚食文化の現在地と、その先にある可能性を考える。
2章魚はどのように食べ物になっているのか
浜で100点の魚を、100点のまま料理人へ〈後編〉
藤本 純一
Fujimoto Junichi
漁師 独自の挑戦を続け、『ゴ・エ・ミヨ 2021』日本版で『テロワール賞』を受賞
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魚は、そのまま食べるもの——そう考えられがちだ。 だが、日本の食卓では、魚は必ずしも形のまま消費されてきたわけではない。 かつお節は、その代表的な存在だ。保存食として生まれ、流通とともに広がり、やがて出汁として料理に溶け込んでいく。 見えないまま使われることで日常に深く根付いた一方、そのかかわり方は変わりつつある。かつお節という食材の「使われ方」から、日本人の魚との関係を見ていく。
2章魚はどのように食べ物になっているのか
時代と共に透明化していった、かつお節という食材
大塚 麻衣子
Otsuka Maiko
鰹節コーディネーター 鰹節の荷受問屋「タイコウ」代表取締役かつお節目利き
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日本の魚食において、発酵は当たり前のように使われている。だが、それは味のために生まれたものではない。 漁に出られない海があり、生で食べるという前提があったからだ。その条件のなかで発酵は成立し、魚食を支えてきたが、いまその前提が崩れ始めている。
2章魚はどのように食べ物になっているのか
発酵は味ではない、魚食を支えた技術の正体
小倉 ヒラク
Ogura Hiraku
発酵デザイナー 発酵食品を扱う『発酵デパートメント』のオーナー