CONTENTS
魚を扱えることは、料理人の“武器”である
- 魚の美味しさを左右するのは料理人だけではない
- 食べる×知る体験”で、「教育の場」にできるか?
魚を「守る」と言う前に、
私たちはどれだけ魚のことを
知っているのだろう?
-海と食文化を巡る、15の現場の声
魚食の前提はどのように作られてきたのか
フードジャーナリスト
長年にわたり国内外の料理人を取材する、元・『料理通信』編集主幹
魚食文化は、誰によって支えられているのか。 漁師、流通、料理人とつながるなかで、日本の料理人は魚を扱う技術で評価されてきた。しかし、その技術は料理人だけで成立しているわけではない。 “第二走者”である卸の変化が、魚との関係を変えつつある。
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魚を扱えることは、料理人の“武器”である
「魚だけが特別という言い方はできません。肉でも魚でも、あらゆる食材において腕の見せどころがあります。ただ、日本の料理人は、魚の扱いが世界的に見て長けている。それは、日本の魚食文化は歴史が長く、日本料理には“切ること”が調理法として語られる側面があるからです」
和食における刺身は「切る」だけで料理として成立する。日本人には当たり前だが、実は極めて特色ある文化なのだ。
「日本料理において、刺身のように切るだけで調理が終わるのは、切り方の精度が高いからです。たとえば、諸外国では生で食べるサラダもドレッシングや何らかの調味をします。しかし、刺身は醤油や塩のみで極限まで調味をせずに、魚の味そのものを味わう。切っただけでなぜ刺身やお造りのように料理として成立するのか。それは、料理人の手に渡る前の魚の処理の技術と、料理人の手に渡ってからは、いかに魚を切るかという技術があるためです」
切り方ひとつで食感や味が変わり、仕上がりを左右するということに、海外出身のシェフは感動するという。たとえば、『ブルガリ イル・リストランテ東京』(2025年閉店)のシェフ、イタリア出身のルカ・ファンティン氏。彼が日本で働きたいと思った理由のひとつは、銀座『日本料理 龍吟』の山本征治オーナーシェフの魚の技術を見たことだった。
「ルカさんのインタビューで、『日本料理の魚の技術をどうとらえているか。ルカさんの料理にどう取り入れているか?』と聞いたところ、アオリイカの料理を撮影することになりました。どう切るかによって、食感、味、感じ方が変わり、その料理の仕上がりを左右するのがわかりやすいという理由から提案されたんです。というのも、彼は切り方ひとつで変わることに感銘を受けて、仕事の合間を縫い、多くの日本人料理人から学び、自身のスペシャリテのひとつとして反映させていたからでした。そして、イタリアでは考えられないくらい鮮度のいい魚が届いているからだ、とも話してくれました」
日本の魚処理と包丁技術は、いま世界の料理人が“知りたくて仕方がない”対象になっている。
国内に目を向けると、35歳以下の料理人のコンペティション『RED U-35』では、近年は日本料理人が大躍進。「2024年のファイナリスト5人中4人が日本料理人なのはトピックスだと思いました」と、君島さんは振り返る。
「ファイナリストのひとりに、海外での日本料理人の修業先について聞いたところ、引く手あまたということでした。日本人を雇うと、魚のさばき方や発酵技術を教えてもらえるのではないか、と。諸外国の料理人にしてみたら、日本料理の技術は知りたくて仕方ない状況なんですね。魚食文化をベースにした技術は、おそらく今後ますます世界で引っ張りだこになっていくのではないでしょうか」
魚を扱えること。それは料理人にとって国境やジャンルを超えて武器になり、ひいては食文化の継承も担える存在である。しかし、料理人がどれほど優秀でも魚の質が伴わなければ、技術の意味がない。
魚は鮮度が落ちれば生臭くなるが、コールドチェーンの技術革新で全国津々浦々、鮮魚をいつでも食べられるようになった。現在はさらなる進化を遂げ、第一走者(漁師)、第二走者(卸・仲卸)、第三走者(料理人)という「走者」にたとえて語られる。
「魚を獲る人が“第一走者”だとすると、“第二走者”が卸の人たち、料理人が“第三走者”。ややもすると、第一走者と第三走者が直取引をするイメージって結構あると思うんですよ。ですが、実際には、第二走者の技術の高度化が料理を変えています。私が取材してきたなかで、近年特徴的になのは、第二走者の存在が大きくなったということですね」
魚の味を決めるのは、料理人だけでない。料理人の手元に届くまでの工程が、その仕上がりを左右する。近年は第二走者、卸・仲卸の存在が大きくなり、象徴的な存在というと静岡県焼津のサスエ前田魚店の前田尚毅氏だ。君島さんが選考委員を務める『辻静夫食文化賞』で、2025年に専門技術者賞を受賞した。
前田氏は、漁港に自前水槽を設置し、魚種ごとに最適な処理を行い、その料理人に最適な魚を選別。料理設計を理解したうえで魚を仕立てる。
「静岡の『てんぷら 成生』の店主は前田氏と二人三脚で魚の扱い方を研究。それによって、調理法の幅を広げ、店の評価を高めました。魚の質が高くなると、料理のクオリティが高まる好例ですね」
こうした取り組みにより、黒子であった鮮魚店が、文化を支える表舞台へと浮上した。
しかし、高度な流通や料理人の技術とは対照的に、家庭での魚の距離はむしろ広がっている。コスパ・タイパの時代に手間がかかる魚料理は敬遠され、ワンパン料理や時短調味料の普及、そして魚焼きグリルはピザや野菜のグリルなど魚以外にも使われるようにもなった。キッチンの設計そのものが“魚前提”でなくなったのだ。
結果、肉は日常に、魚は外食へ。家で作らないものを外で食べる時代になった。
外食産業において、魚は“ごちそう”の一角であるが、今後、魚との関係性はどうなるのだろう?この質問に君島さんが提示したのは、回転寿司の可能性だ。
「回転寿司を私はひとつのツール、プラットフォームととらえています。回転寿司のあのレーンにもっと魚食文化について学べるような、食べてるうちに無意識に情報や知識が染み込んでくるような、そういうものが流れてくるといいのに、と思うんですよ」
その考えの起点となったのは、現在の「赤酢の酢飯」トレンドだった。
「日本のお寿司屋さんの酢飯が赤酢になり、メーカーの話からも赤酢のニーズが高まっていると聞きます。シンガポールやタイでも酢飯は赤酢に。国内に目を向ければ、回転寿司でも赤酢を使うお店が出てきているんですね。外国人旅行者が憧れて訪れるような高級寿司店の最先端な動きが、回転寿司とも連動している。ここに、無意識のうちに消費者に情報が入ってくる仕組みが作れるんじゃないかと」
浮かぶのは、寿司屋の定番だった“魚の漢字”が書かれている湯のみ。会話のツールにも、漢字知識の蓄積にもなったが……。
「無地の湯のみも多くなりましたが、残念なことですね。そのようなツールといえば、大阪万博で興味深い出来事がありました。ゲノム編集魚のプロモーションで唐揚げが配られていたのですが、一緒に渡していた割り箸の箸袋にたくさんの情報が書いてあったんですね。食べる人が必ず目にする箸袋を伝達ツールとして活用していることに感心しました」
すでに使われているものをアイデアで情報ツールとして活用をし、体験型学習に。昔は当たり前だった親子三世代同居で祖父母から聞く知識という家庭内継承が途絶えたなら、それを回転寿司に任せるのもひとつの手ということである。
「生産者、流通商社すべての人々の意識変化が必要ですが、それをどこで起こすのか。回転寿司は、工夫次第で魚食文化を途絶えさせない知識を得るためのフードエデュケーションの場になりえると思うんですよね。食べることと知ることが同時ということほど、強く記憶に残ることはないですから」
家庭で魚料理が登場する機会が減っても、料理人がいる限り技術は残るだろう。課題は、第一走者から第三走者までの技術を、外食を通してどう消費者に届けるのか。魚食文化の未来は、家庭よりも外食の現場にあるのかもしれない。家庭から魚料理が遠のいても、包丁の切先と回転するレーンの上には、まだ未来がある。
フードジャーナリスト
長年にわたり国内外の料理人を取材する、元・『料理通信』編集主幹