水井涼太
特定非営利活動法人ディスカバーブルー 代表理事
Ryota Mizui
第2回のゲストは、「大好きな海のことをもっと知ってほしい」、そんな想いを抱いて特定非営利活動法人ディスカバーブルーを設立した水井涼太(みずい りょうた)さんです。
豊かな海を守っていくために展開している活動についてお話を伺いました。
プロフィール
1977年 神奈川県生まれ。都立日比谷高等学校卒、横浜国立大学教育学部卒、大学院環境情報学府修士課程修了後、国立研究開発法人海洋開発研究機構(JAMSTEC)勤務を経て、大学院環境情報学府博士課程へ(2009年修了・博士号取得)。在学中に同大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー研究員に採用され、ディスカバーブルー設立準備。2011年ディスカバーブルー代表理事、2013年〜18年 横浜国立大学統合的海洋教育・研究センター 特任教員 (講師)、2018年〜 横浜国立大学 非常勤講師。2020年〜総務省 地域人材ネット地域力創造アドバイザーを務める。
・いつも海のそばにいた子ども時代
・人と海をつなぐかけ橋をつくりたい
・食べる分だけ釣る「おかず釣り」がいい
・Life with the Ocean~いつまでもこの海と暮らしていくために~
編集部
「Life with the Ocean~いつまでもこの海と暮らしていくために~」との理念を掲げてディスカバーブルーを創設した水井さんですが、まずは、水井さんご自身がどのように海と関わってきたのか教えてください。
水井さん(以下敬称略)
生後半年くらいから小学生6年生で東京都内に引っ越すまで、神奈川県中郡の二宮に住んでいました。父親が生物好きだったため、レジャーといえば近くの真鶴(まなづる)に行って三ツ石海岸で磯遊びをしたり漁港で釣りしたりと、物心つく前から海や海の生物と触れ合っていました。都内に移ってからも海にはよく連れていってもらいましたね。
大学生の時には水族館でアルバイトをして、稼いだお金でスキューバダイビングのライセンスを取得しました。遊びといえば常に海がらみで統一して、海辺を旅行するか、ダイビングするか。そのせいか海への興味は益々深まり、大学3年生の時には海洋生物学の研究室に入り、そこから「海尽くし」の生活に突入しました。
編集部
それだけ海が好きですと、学生時代から海に関する仕事に就くことを意識されていたんですか。
水井
実はそうでもなく……。
修士課程を終えて就職活動となったとき、第1志望であり、かつ選考が進んだのがパイロットでした。航空会社の自社養成パイロットの採用試験を受け、シミュレーション試験までも合格したのですが、健康診断で落ちました。空が駄目だったから、海に行くかと。その後 JAMSTEC (国立研究開発法人 海洋研究開発機構※)に採用されて、事務職として2年務めました。
※当時は海洋科学技術センター。その後、独立行政法人海洋研究開発機構へ移行し、現在は国立研究開発法人へ移行
編集部
海から求められていたんですね。とても強い縁を感じます。その後JAMSTECを退職された理由を教えてください。そんなに海が好きなのに。
水井
海のことが社会にあまり知られていないことに危機感を抱いたからです。JAMSTECでは予算を管理する部署にいました。深海のことはもちろんのこと、地学や防災など、海を取り巻く様々な問題を解決に導くために必要な研究の予算を獲得する役目です。そのため、文部科学省と交渉したり、国会議員からの質問に答えたりしていました。しかし、仕事をしている中で、自分自身も含めてまだまだ理解が足りていないと感じることが多々あり、「これでは海のことを守れないのではないか」と焦りを感じるようになりました。
編集部
それで、海のことを社会に伝えるために特定非営利活動法人としてディスカバーブルーの設立を考えたのですね。
水井
そうです。正確には、もう少し後になりますが。海のことを社会に伝える仕事がなかったので、まずは勉強しようと母校の大学院に戻って博士課程に通いました。すると、うちの大学院には大学発ベンチャーをつくる部署があり、博士課程の学生からビジネスプランを募集しはじめたんです。当時の僕は、真鶴に遠足に来た子ども達に海の事を教えるボランティアをしており、その活動をビジネスプランとして1枚にまとめてみました。すると、「あ、このために今までがあったんだ」と思うくらい、自分の中にストンと落ちたんです。内容を簡単に言うと、「海のことを教えることが必要。専門の研究者だけでは上手く子どもに教えられない。さらに海洋生物のことだけでなく、海を取り巻く社会面も含めて継続的に教えることができるプロフェッショナル集団を作る必要がある」といったものです。
編集部
それがディスカバーブルーにつながってくるんですね。
水井
そうです。大学院生と研究員の「二足の草鞋」を履きながら博士課程を卒業して、その直後に大学発ベンチャーとしてディスカバーブルーを設立しました。
現在は、海や沿岸地域の自然環境とそれをとりまく社会において、「Life with the Ocean ~いつまでもこの海と暮らしていくために~」を理念とし、大きく3つのミッションに取り組んでいます。
(1)「人」と「海」をつなぐかけ橋となる事業
(2)「海」を知り、みまもるシステムを構築する事業
(3)いつまでもこの海と暮らしていける社会を構築する事業
具体的な活動の一例を申し上げると、「海のミュージアム」というプログラムがあります。これは午前中に磯に出て「磯の生物観察会」を行い、午後は「海の自然実感教室」を行うものです。親子連れが対象で、今は新型コロナウィルスの影響で定員を減らしているのですが、それでも毎回40人程度で実施しています。
水井
「磯の生物観察会」は、まず磯に出る前に生物の見つけ方だけでなく、危険な生物のことなど注意事項をお話しします。そして潮だまりを覗いたりして生物を探します。その後、見つけた生物を持ち寄って、スタッフがどのような生物か、名前や特徴、生態などを解説します。5月15日の回では、55種類もの生物が見つかり、皆さん喜んでいました。親子2人とか3人とかだけで探すよりも、参加者が多いイベントの方がそれだけ多くの生物を見つけることができ、より多くのことを学べるので、リピーターが増えてきています。
水井
「海の自然実感教室」は博物館のテラスでサメの歯や骨、標本などを観察しながらスタッフから解説を受けます。プランクトンを顕微鏡で観察したり、海の環境を知ってもらうために写真や動画で解説したりします。この様なプログラムを春から夏にかけて、2週に1回のペースで開催しています。
編集部
なるほど。こうやってガイドしてもらえると、たくさんの発見と出会いがありますね。シーズンとしては海を案内しやすい暖かい時期がメインになってくると思いますが、冬も活動されているんですか。
水井
観光閑散期の秋から冬にも、別バージョンの海のミュージアムを行っています。ビーチコーミングといって、海岸や砂浜を散策しながら打ち上げられた漂着物を収集したり観察したり、真鶴半島の森※のネイチャーウォークなどを行ったりしてます。
真鶴半島の森※
真鶴半島先端部の照葉樹の森、通称「お林」は、魚つき(うおつき)保安林、県立自然公園、県天然記念物等、さまざまな保護の対象となっている。江戸時代に松が植えられたのが始まりで、古くから魚を育てる森=魚つき保安林として大切にされてきた場所。
参考:真鶴半島 魚つき保安林「お林」
http://www.town.manazuru.kanagawa.jp/soshiki/sangyoukankou/kanko/1444.html
水井
それから、漁協さんと連携して干物作りの体験とプランクトン観察をセットにすることもあります。子どもも大人も含めて、魚を捌くところからスタート。漁協さんが用意してくれる魚はカマスが多いのですが、一去年かな、安く仕入れられたからとイナダの干物も作りました。皆さん、「食べる」ということになるとより集中して取り組まれますよ。他にも、海の授業として、学校や幼稚園・保育園等団体向けの出前授業を行うこともあるんですが、子どもたちに喜んでもらえています。
編集部
海洋生物の観察だけでなく、食のプログラムも実施されているんですね。真鶴や小田原付近というのは干物製造が比較的盛んなエリアですし、干物を作ったり食べたりするのを楽しみに来られる方も多いと思います。海の食文化も醸成されているエリアだと思いますが、真鶴で活動されている中で、他にも海の食文化に対して感じられることはありますか。
水井
スーパーマーケット以外にも元気な魚屋さんがあり、魚を丸のまま売っているところが結構多いです。消費者もそれを楽しんでいて、今日はどの魚をどう料理しようかと、魚料理に対する関心を感じます。丸のまま売っているということは捌ける人が多いということなので、海の食に対する文化レベルは高いと感じています。
編集部
魚を自分で見て買うという行為の中には、その魚が旬だとか、たくさん獲れたから安くなっているとか、色々な情報や知識が必要になってくると思うのですが、消費者はそれをどのように得ているのでしょうか。
水井
そうですね。僕は主に漁協の直売所で買っていますが、漁師さんに旬の魚や食べ方を直接聞いたり、わからないことは質問して教えてもらったりしています。こうやって提案してもらったり教えてもらったりして購入しているから、夕飯は何にしようか悩まなくてすむんですね。直売所に行って何か良さそうな、美味しそうな魚があったら買って、妻に「今晩の魚はこれにしたよ」ってLINEしたりしています。
編集部
それはとても豊かな食生活ですね。もともと海が好きだということもあると思いますが、食べることが加わることにより、さらに海を楽しんでいらっしゃる様子がうかがえます。そういった海の楽しさはお子さんにも伝わっていますか。
水井
伝わっていますね。子ども達は魚を買って帰ると言うだけで喜んでくれますし、皆で釣りして帰ってきて、それを自宅で食べるといった一連の流れを通じて、海を、食を楽しんでくれているので伝わっていると思います。
海の食文化、いや食文化全体に関連するかもしれませんが、子ども達のことで嬉しかったことがあるんですよ。一緒に釣りに行くと、楽しくていつまでも続けてしまうので、「今日の夕食で食べられる分だけにしようね」と諭して切り上げるようにしています。夕飯のおかずとして食べる分だけ釣るという意味で「おかず釣り」と言っています。
ある日、娘と一緒にテレビの釣り番組を観ていたんですが、芸能人が数多く魚を釣っているシーンをみた娘が「父さん、たくさん釣ったお魚は今日全部食べられるのかな」と言い出して……。はっとしました。普段の暮らしの中で、必要なものだけいただいていく。海と持ちつ持たれつじゃないですけど、獲りすぎず必要な分だけいただく。まだ小学生なのに、そのような海への意識が育まれていることを嬉しく思いました。皆がそういう感覚を持つようになればいいなと。
「Life with the Ocean~いつまでもこの海と暮らしていくために~」
編集部
まさに理念とされている「Life with the Ocean~いつまでもこの海と暮らしていくために~」ですね。海から命をいただくけど、それは必要なだけに留めて無駄にはしない。海と共存していくために、ディスカバーブルーはどのように活動を深めていくのでしょうか。
水井
深める方法として考えていることは、大人向けの臨海実習です。海の教育って世襲制的な側面があって、親が海と関わっていると子どもも連れていってもらえるけど、親が海と全く関わっていないと子どもが行く機会はほとんどなくなってしまうんです。まず大人に興味を持ってもらって、「子ども達が海について学ぶ機会が必要だ」と実感してもらうことです。
学校もそうで、出前授業をやって学校全体に海のことを広げたいと考えても、先生が興味持っていないと実現しにくいんですよね。大人の意識を変えることが必要。
子ども達が大人になるのに30年かかりますから、それから海のことを考えるようになっても間に合いません。今からすぐに取りかかるには大人にも関心を持ってもらい、子どもを巻き込んで伝えていかなければならない。だから、大人向けのプログラムを充実させていきたいと思っています。
編集部
なるほど。大人が本当に大切に想っているかどうかって、子どもにも伝わりますよね。その他にお考えのことはありますか。
水井
ディスカバーブルーの活動は、「僕は、海が好きで海で遊びたいから海を守りたい」、でも「一人で海は守れないから皆に海を好きになってもらって皆で守っていこう」という思いからスタートしています。
引き続き、海のミュージアムや海の授業などの海洋生物の観察プログラムを企画運営していきますが、ディスカバーブルーだけだと神奈川県の西半分しかカバーできません。僕たちと一緒に海の環境を守ったり、指導したりしてくれるインタープリターをどんどん養成していく必要があるので、そのための仕組みや仕掛け作りに力を入れていきたいですね。
ディスカバーブルーみたいな団体や組織とか、機能とか、システムを、様々なところに作って広めることが求められているな、と感じています。
編集部
そのためには、どんなアプロ―チがありそうでしょうか。
水井
そうですね、たとえば水族館とか海にまつわる施設と連携していくことや、あとは自治体、特に海辺の自治体ですね。海辺周辺には多くの人がいるので、海を地域資源として守り、利用していかなくてはいけないという発想を持ってもらえるような取り組みが大事だと思っています。海の環境を守ったり指導したりということはもちろんですが、土台には「海ってこんなに素敵だよ」と伝えられる人たちを増やしたいと思っています。
編集部
海が好きで、ずっと大切にしていきたいという水井先生の思いをお聞かせいただき、「Life with the Ocean~いつまでもこの海と暮らしていくために~」というテーマが、リアリティのある身近な言葉として感じられるようになりました。もっと海のことを知ると、もっと楽しくなる、もっと豊かになれる、そんなことをお伝えしていきたいと思います。
インタビュー/児浦 美和 text /戸田 敏治 photo/水井涼太さん提供