海と食の未来をつなぐ人の
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食を切り口に、海と人との関わりを創発し、
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知れば知るほどもっと海が大切になる。

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未来に残していきたい海の豊かさと日本の食文化

佐々木ひろこ

一般社団法人「Chefs for the Blue(シェフスフォーザブルー)」代表理事
Hiroko Sasaki

第7回のゲストは、豊かな海を守っていくために日本のトップシェフたちと連携して活動する、一般社団法人「Chefs for the Blue(シェフスフォーザブルー)」代表理事の佐々木ひろこさんです。フードライターとして活躍する中で、漁獲量が激減している現実に気づき、海の現状に危機感を持ったことから団体を立ち上げて、精力的に活動されています。未来に残していきたい食文化などについてお聞きします。

プロフィール

日本で国際関係論を、アメリカでジャーナリズムと調理学を、香港で文化人類学を学び、企業勤務ののちフリージャーナリストに転向。フードライター、エディター、翻訳家として、食文化やレストラン、食のサステナビリティ等をテーマに、雑誌、新聞、ウェブサイト等に寄稿している。ワールド・ガストロノミー・インスティテュート(WGI)諮問委員。水産庁の水産政策審議会特別委員。ジャパン・サステナブルシーフード・アワード審査員。フードライターとしての仕事の中で、漁獲量が激減している日本の水産業の現状に衝撃を受け、水産資源の保全と回復のために東京のトップシェフらと「Chefs for the Blue」を立ち上げ、イベント開催や講演などを開催。その取り組みは、アメリカの海洋保全団体主催の国際コンペティションで優勝するなど、国内外で評価が高い。

CONTENTS

・危機感から始めたサステナブル・シーフードの勉強会
・料理人は「生産者」と「消費者」をつなぐかけがえのない存在
・「サステナブルな魚がほしい」という声をもっとあげていく

危機感から始めたサステナブル・シーフードの勉強会

編集部 海の未来を考えるために設立された「Chefs for the Blue」。どういう団体でしょうか。
佐々木さん(以下敬称略) 「Chefs for the Blue」は日本の水産資源の保護や回復を目的に、さまざまな活動をしています。国内外の研究者やNGOなどに学びを得ながら、東京のトップシェフたちと一緒にサスティナブル・シーフード※に関するイベントや講演会を、これまで多数実施してきました。

※サスティナブル・シーフード 水産資源の持続的利用や環境に配慮して生産された水産物のこと。代表的なものとして、天然物の漁業を対象にしたMSC認証、養殖業を対象にしたASC認証といった認証制度もある

編集部 立ち上げのきっかけについて教えてください。
佐々木 私はフードライターとして20年ほど活動を続けてきました。レストランの取材や、シェフ向けの教材作成などが主な仕事です。6年ほど前に漁業関係者や水産研究者に日本の水産物の現状に関する取材の機会をいただきまして、そこで大きなショックを受けたんです。ひとつは水産物が危機的なまでに獲れなくなっている事実に、もうひとつはそんな大事なことを自分が知らなったということに。 正直、恥ずかしかったですね。20年もフードライターの仕事をしてきて、それこそ魚の調理の取材やレシピ開発などに山ほど関わってきたのに、肝心の「海」についてまったく知らなかった。そして、私の先にいらっしゃる読者さんに伝えられていなかったという自責の念。ものすごく落ち込みました。 何かできることはないかと、まずは、仕事上お会いするシェフたちに水産物の現状について訊ねてみたんです。でも、誰も知らなかった。「魚が高くなっているんだよ」「最近、型が小さいんだよね」など、ぼんやりとした不安を抱いていたとしても、それがなぜ起こっているのか、その理由までは誰も知らなかったんです。 それで、シェフたちと「ちょっとこれ勉強してみたほうがいいよね」って、2017年5月に勉強会を開始したのが最初の活動です。
編集部 危機感、そして自責の念から活動がスタートしたんですね。
佐々木 シェフたちの危機感も相当なものでした。10年後に自分たちが調理する食材がないかもしれないのですから。勉強会は各飲食店での仕事が終わったあと、夜中の12時からスタートするのですが、それでも参加してくれて。 現実を知れば知るほど、みんなどんどん青ざめていきました。なんとかしなきゃいけない、一般の人たちにも知っていただかなくてはと、2017年11月に青山ファーマーズマーケットに3台のフードトラックを持ち込み、サスティナブル・シーフードを使った料理を提供するイベントを行ったんです。
提供/佐々木ひろこさん
佐々木 イベント自体は盛況だったんですが、報道メディアが1社も取材に来てくれなかったことに驚きを感じました。有名なシェフたち、フードトラックによるイベント、取材されてもおかしくないニュース性があるにもかわらずです。でも、それが当時の現実でした。フードメディアはまだエンターテインメント性が優先される雰囲気でしたし、社会全体もまだサスティナブルには向かっていなかった。ただ、すでにシェフたちは活動の大事さを分かっていましたから、そこから月一回ペースでトークショーやダイニングイベントなどを開催するようになりました。
編集部 社会の流れが変わったと感じた時期はありますか?
佐々木 2019年秋、サスティナブル・シーフードセミナーを東京ミッドタウンのホールで開きました。それまで2年ほど活動を続けていたこともあり、料理界では注目を集めるようになっていたのと、大西洋クロマグロの規制強化に尽力した世界的シェフ、オリビエ・ロランジェさんをフランスからお招きしたこともあって、ほとんど告知もしなかったのですが、180名の定員が受付オープンしてすぐに満席になり、結局260名の参加者を集めました。飲食業界において、水産資源の管理が将来に関わる切実な問題として認識されつつあるのを感じました。
提供/佐々木ひろこさん

佐々木 また2020年に、「Chefs for the Blue」のメンバーの一人であるシェフが、「Sincère BLUE(シンシアブルー)」というサスティナブル・シーフードの料理に特化したレストランをオープンさせたのですが、環境メディアはもちろん、フードメディアをはじめ、新聞は全国紙5社、テレビも民法キー局など、50社以上が取材に来てくださいました。
編集部 関心の高さがうかがえますね。
佐々木 社会の関心が高まっていると感じたのは、取材の多さだけでなく、このときの紹介のされかたなんです。グルメを扱う「フードメディア」や環境問題に切り込む「環境メディア」だけではなく、新聞やテレビにも多く取り上げられました。生活面だけでなく社会面、経済面など、さまざまな切り口で取材され、社会が求めていると感じました。

料理人は「生産者」と「消費者」をつなぐかけがえのない存在

編集部 佐々木さんの活動の根底には、料理人への並々ならぬ思いが感じられます。
佐々木 20年間ずっと、彼らの周りで仕事をしてきて思うのは、日本の料理人、シェフたちのポテンシャルの高さです。調理技術に関しては、世界一アベレージが高いのではないでしょうか。日々、勉強していて豊富な知見もある。私の活動の原動力は彼らへのリスペクトです。 料理人は、食文化や食資源を考えていくうえで絶対に欠かせない存在で、彼らは「2つの手」を持っていると私はいつも思っています。一つは「生産者とつなぐ手」。もう一つは「消費者とつなぐ手」。料理人はその両方の手を持っている得がたい立場にあるんです。 環境や資源は一度失ってしまったら二度と戻らないものですから、地域の食材を本当の意味で理解し、未来に残すべき食文化について常に考えています。そこに対して大きな役割を担っているのが料理人であり、食の資源に対して彼らとしかできないアプローチがあると思っています。
編集部 食文化と海は非常に密接な関係があると思いますが、佐々木さんはどのように捉えていますか?
佐々木 和食でいえば、基本の出汁は昆布やカツオ節から引きますし、そもそも日本人は400種の魚を食べるといわれています。「海」は日本の食文化そのもの。それが機能しなくなってしまうと、私たちの食文化のベース自体がなくなってしまうことになるんです。

佐々木 ニホンウナギやサンマの資源量の減少については、すでに数多くのメディアで報道されていますので、知っている方も増えていると思いますが、それ以外にも多くの地域で、伝統料理・地方文化を形作ってきたいろいろな魚種が獲れなくなっています。たっぷり資源量があり、科学的な根拠に基づいた管理のうえで獲るなら魚は枯渇しませんが、そうでない場合はやはり減ってしまうことが多い。漁獲技術や設備の高度化が進む一方で、魚は無尽蔵にいる訳ではありませんからね。さらに温暖化など他の負の要素が追い打ちをかけ、水温上昇で卵が孵化しなかったり、海藻が消えて幼魚が育つ環境がなくなったりしています。海に幼魚がいなくなるということは、将来、卵を産む魚がいなくなるということ。 そういう意味で、資源管理のうえでも幼魚をきちんと残す方策を考えることはとても大切です。
編集部 環境の変化も追い打ちをかけていますね。
佐々木 そうですね、少なくとも様々な食のリソースが、今どうなっているのか、もっと実際の情報が語られたらいいなと思っています。水産物でいうと、資源量や環境からみた時に、どれを食べるのがいいのか、とてもわかりにくいのが現状です。農産物や酪農製品は「獲る」のではなく「つくる」ものなので状況はまったく同じじゃないものの、消費者と生産現場との物理的・心理的距離が遠すぎる点は変わりません。 今、話題となっているSDGsでは、社会、環境、経済という3つの視点で語られますが、私はここにもうひとつ、「文化」という視点が必要だと痛感しています。 コロナ禍で一番影響を受けたのが「文化」。音楽、映画、舞台芸術、様々な分野のクリエイターたちの仕事が失われています。でも、「文化」がないと人間は生きていけない部分がある。人間が人間たる理由、私は、それは「文化」にあると思っています。緊急事態では最初に切り捨てられがちですが。 水産資源を守っていくためには、「食文化」というアプローチで、少しでもお役に立てることがあるんじゃないかと思って活動を続けています。

「サステナブルな魚がほしい」という声をもっとあげていく

編集部 水産資源の持続可能な未来に向けて、最近の動向を教えてください。
佐々木 国の方針、水産庁のスタンスが大きく変わりました。2020年12月、70年ぶりに改正された漁業法が施行され、科学的な根拠に基づいた資源管理に向けて大きくシフトしています。 そして私も、8月から水産庁水産政策審議会に特別委員として関わることになりました。私のような人間、魚の使い手側の人間が、重要政策を審議する会議に参加するというのは、これまではほとんどなかったこと。体制の変化を肌で感じています。 また、企業からの問い合わせが増えたのもここ1年のこと。オリンピックの影響もあり、社会全体がSDGsの盛り上がりを見せていることとの相乗効果でしょうか。
編集部 コロナ禍の影響はありませんか。
佐々木 もちろんあります。イベントなどを開催できないこともありますし、何より、飲食店はどう生き残るかという瀬戸際にも直面して、なかなかに大変な状況です。 そんな中、9月に「Chefs for the Blue」の京都チームを立ち上げることになったんです。今までは東京を拠点とした活動でしたが、京都のシェフを束ねるリーダーとなるシェフがいて、以前からやりたいと申し出てくれていたのが、ようやく実現しました。コロナ禍によって動けないこの時期を逆手に取り、京都ではこれから一年間かけて勉強会を行っていきます。新たな出会いや展開が広がることを嬉しく思っています。
編集部 料理人の方のサスティナブルな水産物への関心は高まっていますね。消費者へのアプローチはいかがでしょうか?
佐々木 消費者も声を上げていかないといけないと思っています。実際にそれで社会の流れが変わるのですから。2021年2月に、都内と神奈川県内の東急ストアなどで、ASC認証を取得した真鯛を販売するイベントを試験的に行いました。値段が割高なこともあって、これまでサスティナブル・シーフードは売りづらいものではあったんですが、とても好評で。この7月にはマルエツやイオンなど、幅広いブランドのスーパーで店舗数を大きく拡大して実施されました。「サスティナブルな魚が欲しい」という消費者の声が、流通企業の方針を変えたんです。
Chefs for the BlueのWEBサイトより抜粋
編集部 一部の消費者の声が、流通業界に変化をもたらしたんですね。
佐々木 魚はワイルドなものなので、「いつ獲れる」「どのくらい獲れる」といったことは、養殖を除いて本来はわからないもの。大昔は海に魚がいっぱいいて、それを山のように獲り、集められるだけ集めていた。たぶん、廃棄もたくさんしていたはず。しかし、そんな市場流通は成り立たなくなっています。流通の方々には、これまでの「当たり前」を考え直してください、とお伝えしています。 そして、この考えを一般消費者のレベルにまで広げていかないといけない。ちょっと極端かもしれませんが、スーパーに行ったら「今日は資源管理のため、○○魚はありません」というPOPが貼られる時代がくるかもしれません。
編集部 社会全体で意識を変えていかなければならない時期に来ているんですね。
佐々木 水産資源のサスティナビリティ向上を目指して活動されている団体はたくさんあって、私たちはその背中を追いかけながら日々努力しています。そのなかでフォーカスされているのは、やはり漁業者さんや流通がほとんど。逆に私たちは、それを使う側に立ち、活動していくことに意味があると思っています。 魚は漁業者さんだけのものではありません。魚が減って困るのは15万人いる漁業者さんだけでなく、1億2000万人の日本国民全員なんです。シェフを通じ、消費者の声を代表するグループとして、その責任を感じています。
編集部 シェフ、そして食文化の視点から海を守る「Chefs for the Blue」の取り組みに共感します。佐々木さんのお話を伺い、水産物の資源量が実際どうなっているのか、もっと知りたいと思いました。その上で、スーパーなどで水産物を購入する際に、できるかぎり持続可能なものを選ぶように心がけたいと思います。ありがとうございました。

  インタビュー/児浦 美和  Photo & Text / Yuki Inui