蜂谷 潤・友廣 裕一
合同会社シーベジタブル 共同代表
SEA VAGETABLE COMPANY
第14回のゲストは、合同会社シーベジタブルの蜂谷潤(はちやじゅん)さんと友廣裕一(ともひろゆういち)さん。大学で海藻の研究活動を行うなかで、全国的に不作が続くアオノリに注目し、世界初となる地下海水を利用した海藻陸上養殖モデルを確立。アオノリなどの海藻を安定的に生産できる陸上の施設を複数運営するとともに、最近は海面養殖も各地で手掛けています。海藻を食べることを通じて、人や地域がすこやかになる未来を目指して活動しているお二人に話を伺いました。
プロフィール
蜂谷 潤(合同会社シーベジタブル共同代表/写真右)
岡山県出身。大学時代には、“海洋深層水を活用したアワビ類及び海藻類の複合養殖”の事業プランで、ビジネスプランコンテスト全国大会において文部科学大臣賞・テクノロジー部門大賞を受賞。受賞プランを事業化するべく会社を立ち上げ、プランの実行とさらなる研究活動を行う。その後、海藻の生産に特化する形で合同会社シーベジタブルを創業。
友廣 裕一(合同会社シーベジタブル共同代表/写真左)
大阪府出身。早稲田大学商学部卒業後、日本全国70以上の農山漁村を訪ねる旅へ。各地の暮らしに寄り添いながら、どんな人たちがどんな思いで生きているのかを学ぶなかで、2009年に蜂谷と出会う。東日本大震災以降は一般社団法人つむぎやを立ち上げ、宮城県石巻市・牡鹿半島のお母さんたちと浜の弁当屋「ぼっぽら食堂」や、鹿の角を使ったアクセサリー「OCICA」なども運営。地域の人が幸せになる仕事をつくる。
・「アオノリ」が獲れない!!食文化が失われる危機
・日本近海に約1500種類も存在する海藻のほとんどが未活用
・海藻を美味しく食べることで、海や自分たちの暮らしを豊かにしていきたい
編集部
近年、アオノリの産地である四国などで不漁が続いているとニュース等で見聞きします。合同会社シーベジタブルでは、そのアオノリの養殖事業に取り組んでいます。事業化の経緯を教えてください。
友廣さん (以下敬称略)
共同代表の蜂谷がずっと栽培の技術を研究していて、彼との出会いが一番のきっかけです。自分自身は水産業や養殖業が専門ではなく、これまでは、日本全国を旅するなかで出会った人たちと一緒に、それぞれの地域資源を生かした事業づくりに関わってきました。
蜂谷と出会って一緒に活動するなかで、全国的に不作がつづくアオノリ(※スジアオノリ)を生産してほしいという声がかかり、これを安定的に生産することで、地域の食文化を守りつつ、障害のある方や高齢の方も一緒にすこやかに働いて暮らせるようなモデルを作ろうと動いてきました。
※スジアオノリ、ウスバアオノリなど、旧アオノリ属に分類される海藻の総称をアオノリと呼ぶ。なかでも、特に香りが高く口どけなめらかで美味しい品種といわれているのがスジアオノリ。
蜂谷さん(以下敬称略)
僕の場合は、子どものころから魚が好きで釣りや素潜りによく出かけていて、海や魚がとても身近な存在でした。そのうちに、魚を育む海藻がなくなっているという現実を知ったんです。海で遊ぶことが大好きだったので海に関する勉強をしたい、そして海が少しでも豊かになることに貢献したいと思っていました。結果、栽培漁業を専門で学べる大学を選び、藻場(もば)造成の活動をしている研究室を選びました。
編集部
藻場とは、海藻が茂っている海の中の森のようなものですよね。陸上からは見えにくいので、藻場の重要性ってあまり知られていないかもしれません。
蜂谷
そうですね。魚にとっては産卵や稚魚の生育の場になったり、非常に重要な存在ですね。
藻場造成の勉強とともに、アオノリをはじめとした様々な海藻の種苗生産や培養に関する研究もしていました。スジアオノリはもともと高知県の四万十川が最大の産地で、過去には年間50トン以上収穫できていたのが、どんどん減って、ほぼゼロに近い水準まで落ち込んでしまったんです。
編集部
急激なスジアオノリの減少があったわけですね。
蜂谷
そうなんです。養殖スジアオノリの生産量としては、徳島の吉野川流域が多かったのですが、こちらも近年、急激に採れなくなりました。スジアオノリを扱う問屋さんは通常、大きな冷蔵庫を持って在庫を保管してるんですが、年々その在庫もなくなり、何とかしてほしいという声があちこちで聞かれました。このままでは商品が作れなくなる、そして市場から消えてしまうかもしれない、という切羽つまった状況になっていたんです。そこに自分たちの技術が役立つのではと思い、会社を設立して事業化に踏み切りました。
編集部
メーカーさんや問屋さんから強く望まれて事業がスタートしたんですね。最初の栽培施設を高知県に造られたそうですが、最初からうまくいったのでしょうか?
蜂谷
技術的な面では、2016年4月に世界初となる「地下海水を利用した海藻陸上養殖モデル」を確立し、この地下海水を利用できたことで、比較的低コストで安定的に生産ができるようになりました。地下海水は海の井戸水のようなもので温度が安定し、そして濾過されているため清浄性も高く、水質がよいのです。また攪拌のやり方を工夫することで、生育スピードが早まり、収量も増やせるようになりました。
編集部
現在は、需要に対して必要な量を供給できるようになっているということですか?
蜂谷
そうですね。現在は複数の拠点でスジアオノリを生産しています。どうすれば美味しいアオノリが作れるのか、水質分析やポテンシャルの高い株の選抜、乾燥方法など、様々な角度から試行錯誤を続けています。先日、成分分析をしてもらったところ、他社製品と比べて香気成分が高いという結果がでてきたので、手ごたえを感じているところです。
日本近海に約1500種類も存在する海藻のほとんどが未活用
編集部
アオノリだけにとどまらず、さらに新しいチャレンジをしているとお聞きしました!
友廣
実は、海藻は日本の海域だけで1500種類以上も生えているといわれます。そしてそのほとんどすべてに毒がない、つまり、食べられるんです。それなのに、実際に食用にされてるのはごく一部なんです。
編集部
1500種類ですか! 食べたことのある海藻というと、わかめ、昆布、ひじき……片手で数えられる程度です。
友廣
日本は南北に長い国なので、寒い地域から暖かい地域までいろいろな種類の海藻が生育できる環境です。「美味しいけれど、食べられてこなかった海藻」や「かつて食べられていたけれど、採れなくなった海藻」がたくさんあるんです。それらの生産方法を確立し、美味しく食べる方法を提案していきたいと思っています。
編集部
美味しく食べるという部分について、もう少し教えてください。
友廣
シーベジタブルに新しく加わったメンバーに、石坂というシェフがいます。彼は世界的に注目されているデンマークのレストランnomaのDNAを引き継ぐ、INUAというレストランでメニュー開発を担当していました。昨年末、都内に海藻メニュー開発のためのテストキッチンを構えて、そこで日々海藻の新たな食べ方や加工方法の試作を行っているんです。海藻を主原料にした発酵調味料なども作っていて、たとえば大豆の代わりに生のスジアオノリを使った醤油なんかも。まだ試作段階ですが、とっても美味しいものができてきました。
また、我々が試験生産を行っていたり、可能性を感じている未活用の海藻を使ってフルコースを提供する「Sea Vegetable Pop-up Restaurant」もトライアル的に始めました。
編集部
ビジュアルも非常に芸術的でユニークですね。
友廣
ドリンクからスイーツまで、まだ知らなかった海藻のポテンシャルを「これでもか!」というほど引き出してくれるんです。世界でも誰もたどり着いたことのない境地だと思います。
編集部
実は、先日、私はこの海藻フルコースを堪能する機会をいただいたのですが、食事や料理に対する既存の概念をいい意味で壊してもらえました。食材である海藻ひとつひとつの生態や特徴についても教えていただいたり、味覚だけではなく、五感を全部フル稼働して味わうような時間でしたね。
友廣
このフルコースは、まだ一般の方に食べていただくチャンスはないのですが……。味わってみると、本当にびっくりすると思います。知っている海藻のまったく知らない表情だったり、見たことのない海藻を使った初めての味覚や食感を体験できるので。世界中の料理人や食品メーカーの方などにぜひ味わってもらい、食材としての可能性を広げていけたらと思っています。
編集部
一般の方は、シーベジタブルのオンラインショップから、今までになかったような海藻商品を購入することができますね。ぜひご覧ください。
▶シーベジタブル オンラインショップ
海藻を美味しく食べることで、海や自分たちの暮らしを豊かにしていきたい
編集部
私たちの知らない海藻が海にまだまだたくさん眠っていて、新しい料理として出会えるかもしれないと思うと、わくわくしますね。海藻を使った料理を通じてどんなことを伝えていきたいですか?
友廣
昨年は、何十回と日本中の海に潜って海藻のリサーチをしてきたのですが、海から海藻がなくなりつつある光景を何度も目の当たりにしました。数年前まで海藻で埋め尽くされていた海が、いまは砂漠のようになっていたりするんです。海の中のことは見えにくいのであまり知られていませんが、海藻がなくなると、他の生物の生態系にも大きな影響を与えてしまいます。
編集部
磯焼け、という藻場が消失して魚が住めなくなってしまう現象が全国的に起こっているようですね。
友廣
このような状況に対して、陸上だけではなく、海で海藻を育てる”海面養殖”を増やしていくことで、海に海藻がある状態を作るしかないんじゃないかと考えています。もちろん海底に海藻を生やすことができればそれが一番自然なのですが、単純に移植しただけでは海藻は定着しないのです。海藻を食べてしまう魚やウニなどによる食害が一番の理由なので、これらの原因を排除しないといけないのですが、それが簡単ではないのです。
編集部
今後は「海面養殖」を増やしてしていきたいということなんですね。
友廣
海面養殖という方法であれば、美味しい海藻を食べることによってその面積を広げていくことができます。海藻を増やすことによる海の生態系への貢献についても、ちゃんとデータを取っていこうと思っています。いろんな料理人や料理研究家、家庭で料理をされる方々にも使っていただくことで、体にもよくて美味しい海藻が流通して、漁師さんたちの仕事にもなって、海の生態系にもよい循環がつくれたらいいなと。そんなことを考えながら全国各地で海面養殖をはじめています。
編集部
少なくとも私は、海藻の世界にとっても引き込まれています。最後の質問になるのですが、お二人にとって「海藻」ってどんな存在ですか?
友廣
海藻を掘り下げていくなかで思うのは、可能性しかない、ということです。食材としての可能性も未知なところが大きく、美味しい海藻や、美味しい食べ方に出会えるというのはわくわくしますよね。また、食材としての活用が広がることで、環境負荷も少なく、人々の暮らしも支えられて、さらにはみんなが健康になれたりもするんじゃないかと思っています。
蜂谷
同じく、海藻は人にも環境にもいいことばかりで、可能性にあふれていると感じています。食の可能性ももちろんですが、空気中の二酸化炭素を酸素と置き換えてくれることもありますし、なにより海藻は海にとって生態系ピラミッドの底辺にいるわけで、そこをもっと重要視すべきだと思っています。今後も研究を重ね、本来の海藻が持つ能力に手を添え、陸上や海面養殖を通じて未知の可能性を引き出していきたいと思います。
編集者
生態系ピラミッドという言葉がでましたが、食べる、食べられる関係性にある食物連鎖の中では、底辺にいる海藻類が減少してしまうと、上位の生物を支えきれなくなってしまいますね。
お二人のお話を聞いていると、「海藻」を食べる食べないという一面的な話ではなくて、その背景にある海の環境や、自分たちが作っていきたい未来の社会が見えてくる気がしました。食べることをきっかけに、まだ知らない海の可能性を見つけていきたいと思います。
インタビュー&Text / 児浦 美和
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