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鮮魚とお惣菜のお店が取り組む、海にやさしいアクション

栗原友

 料理家
    Tomo    Kurihara

第16回のゲストは、築地で鮮魚とお惣菜を販売する「クリトモ商店」の店主・栗原友(くりはらとも)さんです。魚料理が得意ではなかった栗原さんが、鮮魚を扱う店を営むようになったきっかけや、フードロスやマイクロプラスチックに対する取り組みをインタビューしました。おいしさを与えてくれる海。自分にできる身近なことからはじめて、豊かな海を未来に引き継いでいこうとしている栗原さんの取り組みをご紹介します。

プロフィール

1975年、東京都出身。ファッション誌の編集者を経て、2005年より料理家として活動。2012年に「魚の修業をしよう」と一念発起して築地市場にある鮮魚店に5年勤務。旬の魚のおいしさに出会う。2020年10月、築地の波除神社前に鮮魚・惣菜店「クリトモ商店」を開店する。著書に「魚屋だから考えた。クリトモのかんたん魚レシピ」(文藝春秋)など、多数。

CONTENTS

・「魚をさばけるようになりたい!」と築地の鮮魚店へ飛び込む
・鮮魚と惣菜を扱う店だからこそできること
・子どもたちに“おいしいもの”を引き継いでいきたい

「魚をさばけるようになりたい!」と築地の鮮魚店へ飛び込む

編集部 料理家として活躍していた栗原さんが、鮮魚店で修行することになった経緯を教えてください。
栗原さん(以下敬称略) ある時、料理の撮影で鮮魚がまるごとでてきてしまって、本当に青ざめたんです。「これ、どうしたらいいの?」って。当時、魚料理が得意ではなくて、魚をさばけなかったんですよ。
編集部 料理家なのに魚がさばけない、ということが現場で明らかになってしまったんですね。その撮影はどうやって切り抜けたんですか?
栗原 自分はできないので、担当編集の方がさばいてくれて。なんとか撮影はできたんですが、気持ちは最悪でした。かなり落ち込んで、嘘じゃなく数日間は泣きながら過ごしました。「母(料理家の栗原はるみさん)の看板に傷をつけてしまった。自分はもうダメだ」と……。
編集部 それは自信をなくしますね……。
栗原 魚をさばけるようになるために料理教室に通うなど、ほかの道もあったのかもしれないんですが、その時は全然思い浮かばなくて。「誰よりも魚料理が得意になるしかない」と思い、働かせてもらえる築地の鮮魚店を必死で見つけて、そこに飛び込んだんです。
編集部 そういう経緯だったんですね。得意になると決断して、すぐに行動するところに驚きました。
栗原 ちゃんと向き合わないと、ずっとこの気持ちを乗り越えられないと思ったので。
編集部 鮮魚店ではどんな仕事をされていたんですか?
栗原 最初は、ひたすらカキの殻を剥いたり、まかないを作る仕事ばかりで、魚には触らせてもらえませんでした。でも、魚をさばけるようになりたいと思ってここにきているからと、上司に掛け合って、やっと魚に触れさせてもらえるようになったんです。そこからは教えてもらいながら、必死に学びました。
編集部 料理家のお仕事とは違うご苦労があったと思います。鮮魚店では、5年間働いたそうですが、技術や自信を得ることはできましたか。
栗原 魚の種類もわからない、さばけなかった時代とは雲泥の差です。魚の旬のおいしさと調理方法は、誰にも負けないくらい詳しくなりました。この鮮魚店との出会いがあってよかったと思います。

鮮魚と惣菜を扱う店だからこそできること

編集部 2020年10月に鮮魚・惣菜店「クリトモ商店」を開店されましたが、立ち上げのきっかけを教えてください。
栗原 お世話になった鮮魚店の社長が亡くなったこと、私に子どもが生まれたことなど、いろいろと転機が重なり、独立しました。その後、主人も私の会社に加わることになり、お店を持とうということになったんです。
編集部 ご夫婦で経営されているんですね。
栗原 そうなんです。鮮魚店で一緒に働き、いろいろと教えてくれた人と結婚したんですけどね。魚の目利きができる主人が水産部門を、料理のできる私が惣菜部門を、それぞれの得意なことを活かして切り盛りしています。
編集部 なるほど。せっかくなので、ご主人(賀茂晃輔さん)にも少しお話を伺わせてください。最近、獲れる魚の量や種類、時期などの変化が激しいと聞きますが、そういった実感はありますか?
賀茂さん(以下敬称略) そうですね。今年は特に貝類が不漁という話を聞いています。稚貝が大量に死んでしまったという話もよく耳にしますね。北海道のほうでは、ウニや毛ガニなども不漁と聞いていますから、全体的にあまりいい話はないですね。
編集部 海の環境や漁業に対する危機感を感じますか?
賀茂 すごく感じています。海の恵みをもらって仕事しているので。僕たちにできることは限られているのですが、漁業者の方々から正当な値段で買い付けるということは徹底しているつもりです。
編集部 漁業者の利益をきちんと守ることは意義深いことですね。
栗原 はい。それから、環境に配慮する点で私たちが一番意識しているのはフードロスですね。魚屋と総菜屋が連携して、ほとんど廃棄がないように工夫しています。
賀茂 例えばカツオだったら、みんな脂がのった腹の部分だけ欲しがるんですよ。そうすると注文が偏ってしまうので、背の部分が余るんです。でも、その背の部分を料理のプロである妻がお惣菜にして販売すると、お客様にすごく喜んでもらえます。調理法がわかりにくい血合いの部分でも、工夫して調理するとおいしく食べてもらえるんですよね。それは、さすがだなって思いますね。
編集部 最高の協力関係ですね!

子どもたちに“おいしいもの”を引き継いでいきたい

栗原 私たちは魚がいなくなったら商売ができません。だから、海の環境を守るためになにができるかを考えて行動するようにしています。
編集部 海の環境を意識するようになったきっかけは何だったのでしょうか?
栗原 以前、ゴルフ関連のイベントでビーチクリーンをされている団体とご一緒する機会がありました。実はそれまで、マイクロプラスチックの問題※を知らなかったんですけど、教えていただいて、とてもショックを受けました。その出会いをきっかけに、子どもと一緒にビーチクリーンに参加するようになったんです。 ※マイクロプラスチックの問題 プラスチックごみは、様々な原因で流出し河川から海へと流れつきます。海岸に漂着したプラスチックごみは、波や砂にもまれ、強い紫外線にさらされて細かく粉砕されたマイクロプラスチックとなります。このマイクロプラスチックを海に住む生物がエサと間違えて食べてしまうため、生物に悪影響を与えていることが報告されています。
海辺でゴミ拾いをする栗原さんの娘さん
編集部 マイクロプラスチックは大きな問題の一つ。それを自分ごととして捉え、行動されているのですね。
栗原 鮮魚や惣菜という商売柄、うちは発泡スチロールなどのプラスチック類をめちゃめちゃ使うんです。なので、それらのプラスチック容器類は、バイオプラスチックという環境に配慮した素材を使ったものに切り替えました。お総菜を販売するときにパック代金として100円を別にいただいています。少し高いかもしれませんが、この一部は、海洋プラスチック問題に取り組む団体に寄付しています。
栗原 プラスチックをやめて全部紙製品にすればいいじゃないか、というご意見もいただくんですが、紙製品で、鮮魚や惣菜に使えるような強度のものはとても高価なんです。ですから、まずは私たちが今できることを精一杯やって、少しずつ私たちの活動を成長させていけたらいいなと思っています。
編集部 無理なくできることからはじめて、継続していくことが大事ですよね。クリトモ商店さんが事業を通じて、伝えていきたいことはありますか?
賀茂 やっぱり、子どもにおいしい魚を食べてもらいたいですね。おいしいものを食べてたら幸せになれるじゃないですか。そのためにできることを、少しずつ考えながらやっていこうと思っています。
栗原 時々ですが、小学校から依頼をいただいて、子どもたちに魚のさばき方を紹介する授業をやったりもしているんですよね。楽しんでもらえるように内容もかなり工夫してます。いろいろなかたちで、子どもたちに“おいしいもの”を引き継いでいきたいですね。
編集部 おいしいものを食べると、子どもから大人まで一瞬で幸せな気持ちになりますよね。身近なところから、海を大切にする行動につなげていらっしゃる栗原さんに、これからも注目していきたいと思います。 取材させていただいた日には、お惣菜ができあがるのを心待ちにされるお客様がつぎつぎと来店。マイ保冷バックを持ってきたり、お惣菜を入れるためのマイタッパーを持参していて、環境への配慮が感じられる方が多く訪れていました。こういった身近なところから、海を守る一歩へつながることが実感できた取材となりました。

インタビュー/児浦美和  Text/Yuki Inui  Photo/Pecogram