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魚の質は、締めたあとの“最初の冷却”で決まる
- 魚は脂か水分か。評価軸が変われば価値も変わる
魚を「守る」と言う前に、
私たちはどれだけ魚のことを
知っているのだろう?
-海と食文化を巡る、15の現場の声
魚の価値はどこで立ち上がるのか
サスエ前田魚店代表取締役
『辻静雄食文化専門技術賞』受賞
焼津で鮮魚店を営む前田さんは、「魚を締めたあとの、最初の冷やし方が重要」と言う。 その基準で仕立てられた魚は、同じものであっても届け先によって扱いが分かれ、価値も変わっていく。魚の価値は海の中で決まるのではない。 流通の現場で、人と人との関係を通じて立ち上がっていく。 その過程にこそ、“美味しさ”の正体がある。
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魚の質は、締めたあとの“最初の冷却”で決まる
遠洋漁業の水揚げ基地として全国的に知られる、静岡県焼津。そこにある創業60年の老舗鮮魚店・サスエ前田魚店(うおてん)の初代から数えて5代目店主となる前田さんは、町の鮮魚店として地元客で賑わう店を支えている。
その一方で『料理人がいなければ、魚食文化は残らない。「第二走者」と料理人が握る、日本の海の未来』(君島佐和子)で語られたように、日本の魚食文化を担う目利きでいま、日本でもっとも注目される存在だ。

『辻静雄食文化専門技術賞』(2025年)を受賞したが、これまでは料理人やパティシエが中心だった同賞において、鮮魚店店主は異例である。前田さんは、何が違うのか。その答えは、魚の扱いにあった。
「本当に大事なのは“どう冷やすか”です」
『魚食文化はどのように成立し、変化してきたのか』(濱田武士)でも触れられているように、日常的な生食を可能にしたのはチルド技術(コールドチェーン)だ。魚は水揚げした瞬間から変化するという前提に立てば、「どう冷やすか」は重要である。
「それと“浸透圧”。冷やして、魚の細胞膜のなかに酵素をどう閉じ込めるのかが一番のポイントです。酵素を活性化させると細胞膜が壊れて水分が出ちゃうんですけど、そのなかにうま味成分があるから水分と一緒に流れてしまう。だから、水分を出ないように冷やさないといけない」
水揚げした後の魚の水分量をコントロールすることが、前田流。これが、代名詞である活け締めにした魚をまな板に置いた後に、塩をふる“脱水締め”である。前田さんは、冷やしと塩の技術を極めたのだ。それも、偶然による気づきであった。
「自分めっちゃいい加減なんで、勉強して探求したわけじゃなくて(笑)。干物を作る時に塩水を作るんですけど、横着してその近くに魚を置いてたんですよ。いざ塩水を作ろうとした時に、塩がポーンと飛びすぎて、置いてた魚に当たちゃった。魚がピクッと動いて、時間が立ったら、その部分だけちょっと水分が上がったような感じに見えて……」

それから、さまざまな魚で試し、食べて、前田さん自身の“感覚で美味いと感じる”ポイントを見つけ、冷やしと塩で水分をコントロールする脱水締めの技術ができあがった。漁の海域が同じで魚種が同じであっても、扱い方ひとつで別物になる証である。
魚の価値は、どこで決まるのか。その基準が海のなかにはない。『美味しい魚はどこで、誰が決めるのだろう?』内の図表のように、高度に発展した水産物流の過程で評価の軸が作られている。
「うま味を感じやすくて、美味しいと評価されやすいのは、日本でも海外でも脂の多い魚。当然、市場でも値段がつきますよね」
脂のりは、味として分かりやすい。それが、そのまま流通の過程で価値として扱われる。しかし、前田さんはその評価軸から距離をとる選択をした。
「自分の魚の水分を見ています。魚の水分量は75%くらいって言われてるんですけど、その水分が多く残っていれば、焼いたり蒸したり調理しても身がパサつかないからです」
魚体の水分が多いほど、調理の過程で“蒸らし”の余白を与える。その違いが料理の仕上がりに現れる。前田さんの魚がプロから支持を受ける理由だ。
そして、前田さんはある時、初めて訪れた築地市場視察で、その「勝ち筋」を見た。
「世界一なのに、自分がいつも見てる魚のライブ感じゃないんですよ。魚が全部、死んでるっていうのかな。こんなに魚があるのに、鮮度が悪いものしかない。目利きの仲卸さんに当時もってた知識をぶつけて、どこまで通じるかも会話で試してみたけど、自分のなかでは腑に落ちなかった。その会話を横で聞いていたお鮨屋さんが名刺をくれて、もう一度話を聞きたい、魚を一度送って欲しいと。そしたら、値段が安いと言われたんですよね」
前田さんにとって、自分の見てきた魚の基準が間違っていなかった、という確信が生まれた。さらに、その店がミシュランで三つ星を獲得。地元に愛される鮮魚店からミシュランの星つきや高級店の料理人が“欲しがる魚”へと変貌を遂げた。ただし、魚は自然のものであり、一様ではない。
「たとえば、金目鯛の大きいものは小売だと値段が合わないから、料理店へ卸す。獲れ方も違うし、冷やし方も変わってくるので、小売と料理店では魚が変わっていくもんなんですよ。同じ魚でも、行き先で全く違うものになりますね」
その違いは、単に届け先が異なるという話ではない。いまやその味を求めて食通が遠方から訪れる静岡県にある天ぷらの名店『成生』。ふたりは20年以上の付き合いで、扱う魚介類はすべて前田さんが仕立て、二人三脚で魚の価値を組み立てた。
「結局、こっちでどう出すかで料理も変わってくるんですよ」

一方的に供給するのではなく、関係の中で魚の価値が形づくられていく。その証拠に、早朝の店の裏側では、『成生』の店主・志村剛生さんをはじめ何人もの料理人が集まり、その日使う魚を仕入れて下ごしらえをしている。
魚の価値を変える関係性は、海をも変えていく
前田さんが魚の評価軸をずらし、その脱水締めを自身の代名詞になるまで磨き上げた背景には、海の変化がある。
「自分が子どものころ、50年前に食べてた焼津のカニや美味しかったタコが絶滅したんですよ」
その変化に対して具体的な行動を起こしていた。
「2025年の8月に、シロアマダイの操業期間が決まったんですよ。アマダイは白、赤、黄色ってあるんですけど一番高級なやつね。いまあるものを未来につなげていこうっていうので、委員会を自分が作って漁師さんと話をした。漁師さんが獲りたいのは分かるけど、こんな小さいのを獲ってたらなくなっちゃう。我慢して大きくなれば、いまの倍は単価つけるじゃないですか」
前田さんは、シロアマダイの上物のほとんどを競り落としてきたが、この改革が狙いだった。
「10年間、競りを引っ張って、競りのデータをとってたんですよ。誰が、どの値段で買ってきたという結果をつけなければ、漁師を説得できないと思って、10年前から野望を描いてました」
前田さんは焼津の海の変化、資源としての魚の枯渇を10年も前から猛烈に心配していた。
「徳川家康が鯛の天ぷらを食べたのが死因って話、あるじゃないですか。あれ、オキツダイと書いてあるんですけど、シロアマダイのこと、当時はすり身にしてさつま揚げみたいして食べてたけど、450年前にあって将軍に献上していた魚がいまもいて、白いダイヤと言われているのに……」
時間のスケールのなかで残るものと消えるものがある。
「漁師に水揚げ量どう?年収どう?って聞いても、いいっていう人は誰ひとりいなかったですよ。それに、漁師さんが、自分の子どもに“漁師だけはなるな”って言ったと聞いて、それがもうズシンときて。切ないですよ」
守れる手段があるなら、守る。それが家業である鮮魚店、ひいては焼津の漁業全体の利益につながる。
「もちろん、競りで損した時はありますよ。でも、そこは顔色を変えないで値段を落とさないようにしていた。誰かが損をしないと、変わらないですからね」
前田さんがやっているのは、鮮魚店としての魚の目利きだけではない。漁師、料理人それぞれの現場と関係を結び直し、その中で価値の基準を変えることだ。魚の価値は、流通のなかで形づくられていく。その流通を支えているのは、人と人との関係だ。

サスエ前田魚店代表取締役
『辻静雄食文化専門技術賞』受賞