CONTENTS
漁に出られない海が発酵という技術を生んだ
- 魚を生で食べるため必要となった、神道と“ピュアネス”
- 魚が消えれば発酵文化そのものが消えていく
魚を「守る」と言う前に、
私たちはどれだけ魚のことを
知っているのだろう?
-海と食文化を巡る、15の現場の声
魚はどのような食べ物になっているのか
発酵デザイナー
発酵食品を扱う『発酵デパートメント』のオーナー
日本の魚食において、発酵は当たり前のように使われている。 だが、それは味のために生まれたものではない。 漁に出られない海があり、生で食べるという前提があった。その条件の中で発酵は成立し、魚食を支えてきたが、いまその前提が崩れ始めている。
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漁に出られない海が発酵という技術を生んだ
日本の魚食において、発酵はごく自然に食生活になじんでいる。しかし、発酵がなぜ生まれ、どのような役割を担ってきたのかを意識する機会は少ない。滋賀県の鮒ずし、北海道の飯寿司という郷土料理から、日常的に食べる機会が多いイカの塩辛、魚の麹漬けや粕漬けも発酵食品である。
これらがなぜ誕生したのか。日本の魚食における発酵は、まず「保存の必要」から始まっている。
「日本の魚食の大きな特徴は、漁期が不安定ということですね。1年中は漁に出られないんですよ。47都道府県の発酵文化の調査で全国の港をまわり聞き取り調査をした時、ほかの東南アジアと比べると、漁に出られる確立が低いなと。顕著なのは日本海側の北陸で、すぐ波が荒れて1年の3分の1くらいしか漁に出られない。魚はたくさんいるのに、指をくわえて見ているだけの状態があるんですよ」

日本海側、とりわけ北陸から東北にかけての海は、冬季の季節風の影響を強く受け海が荒れる。
「いまはモーターがついてる船があるから遠くの海へ行くこともできますが、沿岸漁業中心だった昔は、なかなか難しい。秋田や白神山地の方でそんな話をたくさん聞きましたし、実際に船に乗らせてもらった時は、確かにこれは大変と思いました。日本はいつでも漁に行けないという条件があるわけですね」
日本は目の前に魚はいるが、獲れない期間が長い。
「それに、日本周辺の海は、季節によって潮目がどんどん変わっていくじゃないですか、だから、旬の魚が変わっていく。東南アジアは通年同じ魚種なのと比べると、日本の魚食がいかに特徴的なのか非常によく分かります。日本は明らかに魚種が多いです」
暖流と寒流が交差する場にある日本の海。暖流である黒潮や対馬海流、寒流である親潮やリマン海流の境界は季節によって大きく動き、魚種も入れ替わっていく。そのため、「獲れない時間」と「魚が変わり続ける環境」が重なった時、魚は余る。
「魚食文化が一番発達している日本海の北部を例にすると、このエリアは一年中獲れる魚もあるし、その時期だけしか獲れない魚もあります。たとえば、秋田県。県魚のハタハタは短期間にとんでもなく大漁に獲れる、でも、ほかの小型魚もいっぱいいる。となると、困るわけですよ。煮ても焼いても食べ切れない。そうすると、発酵させようという考えがやっぱり出てくるということですね」
発酵は、まず保存技術として必然的に生まれた。この原型は魚醤にある。大量の塩で魚を漬け込み自然発酵させた後に濾す、液体調味料だ。
「魚醤は古代ローマまで遡ります。ほかにはアフリカとかでもやってましたが、海の魚、川の魚両方とも魚醤にできるので、魚がたくさん獲れる土地なら世界各地で作っていますね。アフリカでも見かけました。これが一番古くて、次は塩漬けになります」
魚醤は、国内では石川県のいしる(いしり/原料はイワシやイカの内蔵)、秋田県のしょっつる(原料はハタハタ)、香川県のいかなごしょう油(原料はイカナゴ)がある。タイのナンプラーをはじめ東南アジアの多くの国にあり、またイタリアのコラトゥーラ・ディ・アリーチは、小倉さんの挙げた古代ローマの魚醤「ガルム」の流れを汲む。
ただし、日本の発酵は世界とは別の方向に進む。
魚の調理法はさまざまある。しかし、日本人は古から生食にこだわった。結果、現代では鮨や刺身が食の観光資源の強みになっているが、それにしてもなぜ日本人は、そこまで生食にこだわったのだろうか。
「生食を重視するのは、神道の価値観につながっています。日本の食の起源はデュアルで、仏教的なもの、神道的なものでできているんですね。そして、神道的な食というのは、基本的に生の素材をそのまま、加工しないで食べることが大きい。だから神道の神饌は生で食べることが大事にされる。仏教的な食は逆に火を入れる、加工するのがあって、神道と使い分けることで神様に食をお供えしていました」
ここが発酵文化の分岐点であった。
「火を通さずに生の魚をお供えすれば、すぐ腐ります。どうにかするには、発酵が必要になる。紀伊半島や伊勢湾は、日本海側の北の方に次いで魚食文化が発達しています。なぜかというと、宗教の影響がとても大きいからです。古い魚食の発酵技術が多い場所というのは、神道のメッカなんですよ」
紀伊半島は熊野信仰、三重県は伊勢神宮を中心とした神道の影響が強いエリアである。庶民が食べるだけなら焼く、煮るだけで十分だが、「できるだけ生に近い状態」が重視される神道において、腐敗を避けて供物として捧げるには発酵を介在させる必要があったのだ。

神道の影響により、発酵は「保存」から「生を成立させる技術」へと変化を遂げた。
「酢漬けも千数百年前からある古い技法です。なますというのは、ものすごく神道的な技術。酢そのものが発酵食品ですが、それにより美味しさと食中毒のリスクを減らしているんですよね。寄生虫もたくさんいるから食べなければいいものを、それでも生で食べることにこだわる。神道のお供え物には、なますが多いですね。漬け込むのものは、ほかに塩、麹、しょう油、味噌、みりんもあります」
この技法が神道による前提のため、他地域との違いを生む。
「中国の一部に紅麹漬けがありますし、東南アジア全体では漬けの方法論は多く、実は、日本よりバリエーションが多いんです。でも、コンセプトが違う。日本は生で食べるし副原料をあまり使わないんですが、海外は生で食べないで調味料として使ったり焼いて食べたりするんです。さらに、唐辛子やスパイスをまぶしたりする。日本は原料を極限まで少なくしているので、けっこう純粋なんですよね。謎のピュアネスみたいなのが信奉されている。日本の魚食は、東南アジアと比べると特殊です」
日本の魚食は、要素を重ねるのではなく、絞り込んでいく。
「日本の魚食って味が複雑と言われてるんですけど、実は逆なんですよね。要素が少ない。パラメーターを削ってるんですよね」その中で、発酵調味料が美味しさの方向へと機能する。
「発酵調味料にはグルタミン酸が多く含まれ、場合によってはグアニル酸もありますね。これと魚介類のうま味であるイノシン酸やアミノ酸が掛け合わされると、うま味が増幅されるので、1+1は2じゃなくて掛け算で何倍にもなる。たとえば、一番要素が多い料理はアクアパッツアやブイヤベースみたいなもの。素材や香りが重なり合って、ひとつの厚みのある味として成立しています。でも、日本食はかつお節や昆布で出汁をひきます、酢漬けで食べます、お寿司にしますというのは、必要な要素だけを取り出しているんですね」
その結果、日本は味の構成はシンプルになるが、一つひとつの要素はむしろ際立つ。日本の発酵は、「味を足す技術」ではなく、「最小構成で成立させる技術」だった。
日本独自の発酵文化は今後も続くのか。答えは極めてシンプルである。
「魚がなくなったら終わりです。たとえば、2025年はハタハタが獲れなかったので、しょっつるを作りたい人はいるけど作れない。ほかにも、100年単位で継続されてきた方法で作っていたら、気候変動の影響で魚が全て溶けて作れなかった例もあります」
いかなごしょう油の原料であるイカナゴも、10年近く深刻な不漁が続き、2026年には播磨灘での漁が解禁してわずか2日で漁を終えた。さらに、地域継承は深刻な危機に直面している。
「一番つらいのは能登です。震災の影響でずっと作ってきたお母さんたちが、ほかの地域に引っ越す、残ったとしても仮設住宅に入居。高齢者なのもあって、そのまま認知症を患ってしまうことも。発酵食品は味に奥行きがある美味しさゆえに人気ですし、技法そのものは残るでしょう。でも、魚食の発酵文化そのものはピンチを迎えています」
小倉さんは、気候変動に加えて、構造的な問題があると指摘する。
「好きな魚のニーズが集中しすぎています。みんなマグロ欲しい、ウニ欲しいとか、魚種が偏っていますね。実際は漁獲高があっても、みんながあまり欲しくない魚は市場価値が低い、または捨ててしまうこともある」
さらに加えて、大問題なのが生態系だ。
「下水処理をきれいにしすぎて、汽水域に魚が来ない。汽水域は有機物の栄養素がいっぱいあるんですが、それは森林から流れてきた水と人間の生活排水が合わさりとどまることでプランクトンが育っていたんですよ。でも、浄化作戦をし過ぎて生活排水の部分の栄養が海にまで届かなくなった。日本は、水産資源のマネジメントに失敗していると僕は思っています」
一方で、発酵そのものは世界的に評価されている。
「発酵食は世界でメガトレンドになってきています。美味しくなったこと、腸が第二の脳と言われ腸活が流行ってることも後押しして。特に日本の麹が世界のメガトレンドです」
その背景にあるのがガストロノミーだ。「ガストロノミーは、美味しさの話ではなく、食を通じて社会課題をどう扱うかという考え方です。いま世界的に発酵が注目されているのは、保存や再利用など、資源を循環させる力があるからなんですよね。ただ、海の資源はグローバルに動くものなので、発酵だけで解決できる問題ではないと思っています」
発酵食品は日本の魚食を支える技術だった。それは味のためでなく、漁業の制約、信仰、環境のために生まれていた。しかし、前提が崩れた現在。いま、海と発酵の関係そのものが揺らいでいる。
発酵デザイナー
発酵食品を扱う『発酵デパートメント』のオーナー