CONTENTS
地域ごとに異なる、魚の食べ方が生まれる背景
- 保存と主食の関係が形づくった日本の魚食文化
- 保存方法の変化が、郷土料理の形を変えていく
魚を「守る」と言う前に、
私たちはどれだけ魚のことを
知っているのだろう?
-海と食文化を巡る、15の現場の声
魚の価値はどこで立ち上がるのか
料理研究家
和食を基本とした家庭料理のレシピをメディアで発信
郷土料理は特別な料理ではない。 むしろ、日常の食卓に当然のようにあがってきたものだ。 しかし、この“当然”は土地により大きく異なる。 なぜ、同じ魚でも、これほど食べ方が違うのか。 渡辺あきこさんの体験を手がかりに、郷土料理と海の足跡を追憶する。
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地域ごとに異なる、魚の食べ方が生まれる背景
郷土料理は、まず「珍しい料理」ではない。その土地で食べられ続けてきた、日常の料理である。近くにあるからこそ地元では見落とされるものであり、逆に、ほかの地域の人から見れば発見や驚きがあるもの。東京育ちの渡辺さんは「地方のものは面白いんですよね」と仕事や地方で訪れた土地で郷土料理を味わい、知見を深めてきた。
「いまも残っている郷土料理は、すごく人気のある料理ということです。みんなが食べたいから残っているので、料理としてもすごく魅力があるんですよ。ただ、わざわざ人に言うほどの料理でもない感じがあるので、ごくごく普通に家庭料理としての食べ方は意外と見えてこないものなんです。ハレの日の料理、ごちそうはお店でも食べられますけど」
その感覚を象徴するのが、各地で出会った魚料理の記憶だ。
「魚の汁物は地域によって出汁の味がまったく違うので、とても印象に残っている料理が多いです。特に印象に残っているのは、山形県の寒鱈汁。庄内地方の郷土料理です。鶴岡に雪の時期へ行った際に出会った、タラをぶつ切りにして内臓や白子もすべて使った味噌仕立ての鍋料理です。岩海苔をのせるのが特徴ですね」
地元では「どんがら汁」とも呼ばれるが、「どんがら」とは、魚のあらを指す。

「北海道の三平汁も美味しかったですね。北海道の方々はサケへのこだわりは強く、どの沿岸で獲れたかを普通の消費者も気にされることが多い印象です。レベルの高さを感じました」
塩漬けのサケをニンジンやダイコンなどの野菜と煮込んだ郷土料理で、魚の塩分だけで味つけする。一説には、江戸後期の見聞録『東遊記(とうゆうき)』に三平汁の記録が残り、200年以上前から食べられていたと伝わる。

「寿司でいえば、徳島県のぼうぜ寿司も忘れられない料理です。東京では干物で食べるイボダイ(ぼうぜ)ですが、徳島県では姿寿司に。四国は姿寿司だけでなく酢締めの料理が豊富です。柑橘類が豊富にありますからね、それを使って魚を締める文化が根づいています」
新鮮なイボダイが獲れる徳島県ならではの郷土料理で、秋祭りの時期に食べられる行事食である。近年では、秋祭りの時期になるとスーパーにも並び、気軽に購入できるという。
いずれも特別な料理というよりも、季節になると地元では食べられている。郷土料理とは、説明をされることなく自然と食べているものだ。町おこしとして観光客向けに飲食店で提供される、旅行先で見かけない、他県の人から指摘されたなどで初めて地域独特の食材であり郷土料理であったことに気づくケースもある。
だからこそ、そこに地域差が濃く残る。それが、郷土料理と呼ばれてきた。
日本の魚料理として真っ先に浮かぶのは、なにか。渡辺さんが強く語るのは、保存文化であった。『発酵は味ではない、魚食を支えた技術の正体』(小倉ヒラクさん)、『日本人は「海」そのものを食べてきた、魚と塩の関係』(青山志穂さん)が語ったように、日本の魚食は「保存された魚を食べる文化」によって、支えられてきた背景がある。
日本全国の郷土料理をフィールドワークしてきた渡辺さんも「日本は魚の保存文化がすごく進んでいて、保存された魚を食べる文化があると思うんですよね」と印象を語る。
「魚を塩漬けにして締めことや干物にすることも、一度干した魚を戻して食べることも、すべて保存文化ですよね。いりこも。その土地ならではの魚に日本人はあまり縁がないようでいて、保存文化のおかげで実はものすごくかかわりがあるんです。干して流通されている魚はたくさんありますから。タラやニシン、スルメイカ、小魚も煮干やちりめんと種類豊富。節類もカツオだけじゃなくで、サバやほかに何種類もありますね」
乾物となった魚をどう調理するのか。もちろん、料理研究家として家庭で試作も重ねる。
「スルメイカを使った郷土料理といえば、福島のいかにんじんです。これなんかは、ごはんのお供にピッタリ。日本の食文化は、ごはんに合うおかずとして発達してきた一面もあると思います。だから魚も味噌汁の具や干物に加工されて、魚卵は塩漬けされる。そうやって、ひと手間の加工を加えて保存されてきたんでしょうね」
魚の保存文化は、単独では存在しない。その輪郭を作ってきたのは、米を中心にした食卓だった。

「魚を加工するといえば、練り製品もありますね。地域によって、全く違うんです。さつま揚げ、天ぷらと呼び方までも。もちろん、使っている魚も違うので、和歌山県にはほねくという、タチウオを骨ごとすり潰して作る練り物があります。愛媛県はじゃこ天、宮城県は笹かまぼこもありますが、そういえば仙台にはサンマのつみれを出すおでん屋さんもあります。サンマがよく獲れたから、加工して食べる必要があったんでしょう。地元の方が、芋煮の季節はサンマとセットで食べると言ってましたね」

かつお節と昆布の出汁に練り製品を入れて煮込むおでんは、言い換えれば、魚を加工し出汁に溶かし込みながら“海そのもの”を食べる料理でもある。そして、地域により大きく違う練り物が入るため、郷土の魚食の形をそのまま映し出す。
つまり、日本の魚食は刺身や鮨だけで語れるものではない。保存する、加工する、そしてごはんに合わせること。この組み合わせが根幹にある。
「でもいま、日本食離れが進んで、お米の消費量が落ちて、魚を食べるにしても刺身がいいという感覚になっています。お米だけじゃなくて、味噌やしょう油という和食とかかわる調味料の消費もかんばしくないと聞いています。そうなってくると、郷土料理が食卓にあがる機会も少なくなっていくかもしれません」
主菜の選択肢が増えたことで、かつてごはんと共に食べられてきた魚は、日常の中心から少しずつ外れていった。保存や加工を前提にした食べ方ではなく、手軽に食べられる形が選ばれるようになり、魚とのかかわり方そのものも変わりつつある。
これからも地域色豊かな郷土料理は継承され、残っていくのだろうか。そのヒントは加工と流通にあるかもしれない。
「ビタミンちくわという長野県のソウルフードがあるのですが、石川県で作られているものです。それがスーパーで山積み。いまも一番売れてるんじゃないでしょうか。長野県といえば、塩イカを使った郷土料理もありますが、こちらは福井県で作られていますね」
海がない地域でも魚が食べられてきたのは、流通と加工があったからだ。ビタミンちくわはその象徴的な例だ。能登半島近海で獲れるアブラツノザメを原料にした加工品で、戦後の食糧難のなか、栄養補給の手段として長野県に広まった。流通で入ってきた加工品が日常の食として定着したということである。
郷土料理は、その土地に昔からあったものだけで成り立っているわけではない。流通や時代背景の中で取り込まれ、変化しながら残ってきた。

では、その郷土料理がなぜ残りにくくなっているのか。
「日本の食文化を立て直すためには、ごはんをベースにして、ごはんに合うものをちゃんと食べることが大切だと思います。ですが、郷土料理が今後も残っていくには解消しなくちゃいけない課題があります。それは、作る量が多いことです」
郷土料理が生まれた時代は、一度に食べる人が多かった。祖父母、父母、子どもといった家族構成に加え、農家や商家には働き手も含めて食卓を囲む。その前提で作られてきた料理は、核家族化した現代の食卓とは合いにくい。
「家でしょっちゅう作っているものなので、何となく作れちゃうんです。これまで、わざわざレシピ化することもなかったです。各家庭で作られて、なんとなく地域で作ってきたというものは、伝承されなくなっていくな、と実感しています。若い人が作らなければ、その郷土料理は途絶えてしまいます」
家庭で共有されてきた料理は、外に開かれてこなかった。だからこそ、記録することが大事なのだ。レシピがあれば、若い世代に伝承するだけでなく、高齢になり台所に立てなくなっても「思い出の郷土料理」をほかの人が作れる。
他方で、新しい動きも起き始めている。
「2025年に審査員を勤めた『日本うま味調味料協会』の郷土料理コンテストでは、いろんな郷土料理が集まりました。全体と通していえることは、郷土料理の課題はやはり量が多いこと。そして、塩分が高いことが挙げられます。これでは毎日の料理に取り入れにくいです。若い人がいまの時代に合わせて、日常的に食べられる郷土料理レシピをどんどん開発してくれたらいいなと思います」
保存方法が変われば、食べ方も変わる。郷土料理もまた、その条件のなかで形を変えてきた。家庭料理として受け継がれてきた以上、それぞれの暮らしに合わせながら作り直されてきたものである。
その変化は、保存方法そのものにも及び始めている。かつては、魚を長く食べるために手間をかけて加工し、保存してきた。しかし、現在はその手間そのものを個人が引き受けることが難しくなっている。
「これからは冷凍だと思います。冷凍技術を活かせば、産地のいい状態を小分けして流通、冷凍させるのが使いやすい方法じゃないでしょうか」
レシピ化して作りやすくなれば、これまで商品化されなかった郷土料理を冷凍し故郷から離れても懐かしい味を食べることができる。道の駅やアンテナショップで販売すれば、新しい味との出会いも創出可能だ。
その時代の味覚、暮らしに合わせて、郷土料理の食べ方を接続し直していくこと。あるいは、郷土料理はそのようにしてしか、残っていかないのかもしれない。
料理研究家
和食を基本とした家庭料理のレシピをメディアで発信