海の食文化体系
2026

魚を「守る」と言う前に、
私たちはどれだけ魚のことを
知っているのだろう?
-海と食文化を巡る、15の現場の声

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魚を食べる関係はどうつなぎ直せるのか

魚を“食べる力”は、次世代へ継承できるのか

現場の声

芳賀 博康

『和味 りん』店主

魚を“食べる力”は、次世代へ継承できるのか

魚離れが進んでいると指摘される一方で、現場では別の変化が起きている。 魚が選ばれなくなったのではなく、食べ方や味わい方を含めた経験そのものが失われているのだ。 新宿の和食店『和味 りん』では、その断絶に向き合いながら、ランチという日常の場で魚を出し続けてきた。 22 年という時間をかけて見えてきたのは、料理がその場で終わらず、次の世代の選択までに影響していくという事実だ。

CONTENTS

  • 魚離れ正体は、なにか。失われた食の体験

  • 味の基準はどこで決まるのか。原体験という分岐点
  • 料理は誰のためにあるのか。“食べる人”を作る試み

魚離れ正体は、なにか。失われた食の体験

日本人の魚離れが進んでいると言われて久しく、消費量の変化として語られることが多いが、それだけで説明できなくなっている。現場で起きているのは、魚が選ばれなくなったというよりも、魚に触れる機会や、食べ方を含めた経験そのものが失われているという変化だ。

新宿で和食店『和味りん』を営む芳賀さんは、その現実に日々向き合っている。22年前の開店当初から続けているランチタイムは、近隣に勤める人たちで賑わったが……。

「創業当時、産地直送の真アジを姿焼きでお出ししたら、残されているお客様が多くて。食べるのはど真ん中、背中の方だけや、腹の身には箸をつけない方も。せいぜい食べても尾の方までなのはショッキングでした」

魚を前に、大人の手が止まる。魚食文化を誇る国であっても、お頭つきの魚をきれいに無駄なく食べることができない大人が、それなりの数がいるということだ。

「切り身はないの?も、よく聞かれました。そういったお客様のために切り身にした焼き魚をお出しすることが多くなっていきました。姿焼きの焼き魚が出てきたら、食べ方が分からないというお答えで……。なるほど、と。親が1尾のままの焼き魚を食べ慣れていなければ、家庭で子どもが食べる機会は、とても少なくなると思いました」

その連鎖が、魚食の衰えとして表れているのではないか。芳賀さんはそう考えるようになった。「最初に食べた魚が臭かったり、パサついていたりしたら、子どもは嫌いになってしまうのではないか、と」

味覚の原体験は、嗜好として定着する。だからこそ、芳賀さんは夜の高価格帯な営業だけでなく、ランチの現場にも重心を置いた。

「取引先からは、夜に力を入れればいいと言われることもありました。そうじゃないんですよね。ランチで魚を提供することに意味があるんです。続けていると、ランチを目当てに魚好きな人が来店してくれるようになり、いまでは皆さんきれいに召し上がってくれます」

こうした考えのなかで出会ったのが、『浜で100点の魚を、100点のまま料理人へ』の漁師・藤本純一さんである。ふたりの考えはとても似ていて、意気投合した。そして、愛媛県から新宿に鮮魚が届くようになったのだ。およそ10年前のことである。

「魚の食べることが身近ではない大人は、子どもに食べさせることはほとんどないのではないか?と意見が合ったのは、当時、藤本さんだけでした。そこからSNSで藤本さんとの私の店のランチ改革を知り、共感してくださった漁師さんや産地の方々から連絡をいただくようになり、ランチでも提供できる価格帯の魚を全国から仕入れられるようになりました。魚体によってランチ用、夜用にと使い分けています。また、夜はコースの値段を4種類にして、その時に届いた魚でメニューを組んでいます」

ある日の藤本さんから届いたマダイ、キジハタ、コウイカは、愛媛から東京の新宿までの距離を感じさせない鮮度。
内容は都度変わるため、芳賀さんの腕も試される

魚をめぐる課題は、流通や価格だけでは解決しない。食べる側の経験をどう取り戻すか。その入り口に立つのが料理人であり、ランチの一皿である。『和味りん』の現場には、その前提から組み立てられた魚の出し方がある。

味の基準はどこで決まるのか。原体験という分岐点

芳賀さんの魚に対する感覚は、独立して店を始めてから突然生まれたものではない。幼少期に住んでいた岩手県の食体験が、そのまま味の基準になっている。

「果物の話になりますが、子どものころにリンゴ農家の家の友だちがいて、売り物にならないからと樹で完熟したリンゴをよく食べさせてもらっていました。出荷するリンゴとどっちが美味しい?と聞かれて、樹で完熟した方と答えたんですよ。あとになって知ったのは、わざと樹に残して完熟させているということ。出荷するリンゴは、色も形も良いんですが熟していないんです。私は、子どものころに食べた味が忘れられなくて、市販されてているリンゴを食べたいと、なかなか思わなくなってしまいました」

産地で食べるものと市場に並ぶものは違う。その差は、子供のころに味の記憶として基準に
なった。

「魚も同じことです。秋サケの生イクラをしょう油漬けすることが当たり前だった土地柄で、それは秋に食べるもの。いまよくある塩漬けのイクラは、食べたことはなかったです。ウニは夏に三陸海岸へ海水浴に行くと漁師さんがバケツ一杯で売ってくれたので、割って海水で洗って食べてました。この時にインプットされたウニの味が基準になったといっても、過言ではありません」

こうした経験から、加工や保存の過程で生まれる臭いや味の強さには馴染めなかったという。

「子どものころに食べていたのは三陸で獲れる天然魚だったので、養殖魚の臭いが苦手でした。いまは餌の品質が向上したので養殖魚もクオリティが高いですが、当時は餌が一緒だったことを大人になってから教わって、ブリを食べてもハマチを食べても味があまり変わらなかったことに納得しました」

魚そのものが嫌いだったわけではない。むしろ、「外食で姉がハンバーグを選んでも、私は刺身定食でした」と肉よりも魚を選ぶことの方が多かった。そして、料理人として働くようになってからも、その違和感は消えなかった。むしろ、現場でよりはっきりとした形で見えてくる。活魚に一番の高値がつくことだ。

「私が料理の道に進んだ30年以上前は、市場で活魚に一番価値が高いと言われてた時代。当時の漁は野締めの魚がほとんどだったことや、流通の問題で刺身に使えるもの少なく、活魚のまま扱えるクオリティということが、一番でした。ですが、仕入れた活魚が当日は良いのですが、翌日には水槽の臭いがついていることがあるのに気づいたんです。疑問に思ったので産地へ赴き、藤本さんをはじめとする漁師さんや水産関係者の方から、天然活魚はストレスに弱いと教えてもらい、疑問が解けました」

藤本さんから届いたタイは、この時点で水揚げから4~5日経っているが、
それとは思えないほど瑞々しさが残る

もちろん、天然の魚には個体差がある。良い魚を見極めるには、経験が必要だ。

「ランチで魚をたくさん使うので、夜だけ営業している店よりも10倍以上は触っています。たとえば、カマスを50尾仕入れることもあるんですが、そのなかに特別な1尾があるんですよ」

触った瞬間に分かる。この感覚は量を扱うことで磨かれてきた。

「数を扱ってきたことで、触った瞬間に良い魚が分かるようになりました」

幼いころに触れた味の記憶と、現場で積み重ねた経験。その両方が重なり合うことで、芳賀さんの魚に対する基準は形づくられている。

料理は誰のためにあるのか。“食べる人”を作る試み

魚をめぐる問題に対して、料理人が向き合えるのは料理の作り方そのものだ。良い魚を仕入れるだけでは、食べる人は増えない。どう出すか、どう食べてもらうか。その設計まで含めて料理だと考えている。

「私の考える料理は、素材に対して味をつけるのではなく、素材の味を引き出して本来のうま味を感じ、味わっていただけるか。味を足すよりも引く、シンプルに味あえるようにしています。それをお客様が美味しかったと言ってくれるところに、どう持っていくかなんです」

味を足して整えるのではなく、素材の状態を保つことを優先する。調味料で分かりやすい味にするほど、魚が持っている旨みは抜けていく。

「浸透圧が高い砂糖と塩を多用してしまうと、素材本来の味わいが抜けてしまう場合があります。なので、私は、極力使わずに料理をして提供しています」

素材の生命力を活かす、引き算の料理を追求している。その考えは、店での提供だけにとどまらない。家庭でも再現できる形に落とし込むことも意識している。

「魚料理を家庭で作ることが一番だと思うんです。家庭の食卓で親しまないと、外では食べないですから。でも、みんな忙しいし、誰も手をかけて魚をさばくことから料理をしない。それなら子どもでも作れるものはないかな、と考えたんですよね」

そこで行き着いたのが、工程を極限までシンプルにすることだった。八方だしを使い、分量を固定する。誰が作っても同じ味になるように設計され、市販品として販売している。

「水が9に対して、八方だしが1。これで煮魚、野菜の煮物など、ほとんどの和食を作ることができます」

味の基準がひとつあれば、迷わない。複雑な手順を覚えなくてよければ、料理のハードルが下がり、家庭で魚に触れる機会が増えていくはずだ、という思いからである。

「これくらい簡単じゃないと、和食を作ろうとしないのかな?と、思ったんですよね」

しょう油、みりん、酒の配合のみ(砂糖、塩は不使用)の『凛とした八方だし』。
素材の味を引き出すという芳賀さんの理念が形になった商品だ

料理人の仕事は、店のなかだけで完結することではない。ランチという日常で魚を食べる機会を創り、味わい方ごと伝えていく。その組み合わせが、食べる側の経験を育てていく。

「近年の仕入れ価格、人件費、光熱費も高騰し、和食料理店も価格を上げていくのは致し方ないことです。ですが、本来、和食は日本人の食卓の根幹であり、当たり前に食べていたもの。そこを考え、お客様に寄り添うことも必要ではないか、と思っています」

飲食店だけで完結してしまえば、その先は続かない。だからこそ、ランチという場が必要になる。日常的に魚に触れ、その味を知る機会をどう作るかが肝だ。

「産地の方々が送ってくれた大切な魚の美味しさを、シンプルに伝えられるのがランチです。お客様が名前を聞いたことがなくても、産地の方々が勧めてくれるのなら魅力的な味わいがある魚というのをお伝えしやすいのも、またランチという場です」

この積み重ねによる変化は、時間をかけて現われ始めている。ランチ改革を始めた10年ほど前に当時20代だった常連客が、結婚や出産を経て戻ってくることもあるそうだ。

「その方たちのお子さんは小学生くらいです。いずれお母さんやお父さんになる世代へ魚の美味しさを分かってもらおうとしたことから始まった藤本さんとのランチ改革は、ゆっくりではありますが、確実に浸透していると確信しています」

料理は食べた人の経験として残り、選択として返ってくる。

「お客様を育てることが、ひいてはお客様を守ること。非常に大事なことだと思います」

飲食店で魚を食べていた人が、やがて家庭で魚を選ぶ側になる。その積み重ねが、次の世代の食卓を作っていく。魚は、海から運ばれるだけでは届かない。食べる人に受け取れる力があってはじめて、食文化として成立する。その力を誰が、どこで育てるのか。その問いに対する答えが、いま各地の現場で積み重ねられている。

プロフィール

芳賀 博康

『和味 りん』店主

魚を“食べる力”は、次世代へ継承できるのか
岩手県生まれ。20歳のころに「人に喜んでもらえる仕事がしたい」と料理人の道に入る。寿司店、仕出し屋、割烹料理店など、和食を基礎としさまざまな角度から学び、12年間修行を積む。2004年に新宿で『和味 りん』を開業。ランチタイムは近隣で働く人々が足繁く訪れ、また魚が美味しい店として口コミが海外まで届き旅行者も訪れるようになっている