海の食文化体系
2026

魚を「守る」と言う前に、
私たちはどれだけ魚のことを
知っているのだろう?
-海と食文化を巡る、15の現場の声

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魚を食べる関係はどうつなぎ直せるのか

魚が売場から遠ざかった、スーパーマーケットの選択の構造

現場の声

小谷 一彦

魚食普及推進アドバイザー
お魚かたりべ

魚が売場から遠ざかった、スーパーマーケットの選択の構造

魚は、いつから選ばれにくい食材になったのか。 鮮魚店からスーパーマーケットへと販売の場が変わっても、魚売り場は長く店の中心を担ってきた。 しかし、効率化や価格競争、売り場設計の変化のなかで、その位置づけは徐々に変わっていく。売り場で何が起きていたのか。 そこから何を見直せるのか。

CONTENTS

  • 売り場の変化が魚との距離を変えていった

  • 揃えやすさが生んだ魚種の偏りと売り場の均質化
  • 売り場から見直す魚との距離と選ばれ方の再設計

売り場の変化が魚との距離を変えていった

魚は鮮魚店、野菜は青果店と、商店街にある専門店がそれぞれの食材を扱うのが当たり前の時代があった。店頭に並ぶ丸魚を前に、客と店主がやり取りの中で日々の食卓は組み立てられていた。その流通を大きく変えたのが、総合スーパーマーケットや食品マーケットの台頭である。生鮮・惣菜・日配・グロサリーまでを一体化した売り場が広がり、食材は「まとめて一か所で買う」へという形へと変わっていった。

それでも、水産売り場はスーパーマーケットの経営規模にかかわらず、長く中核を担っていた。丸魚を扱い、対面で加工する技術を持つ売り場は、来店動機をつくる存在でもあったのだ。

「私が売り場にいたころは、サンマ・イカなどの大衆魚の漁獲量は豊富であり、多くの魚が手ごろな価格で並べられていました」

こう語る小谷さんは、イトーヨーカドーで水産売り場と商品部の双方を経験してきた。約40年にわたり、丸魚が主流で魚種の品揃えが豊富だった時代から現在に至るまでの変化を、間近で見続けている。

「私が入社した約40年前は、消費市場を経由した流通が主流でしたが、その後、市場外流通や産地から直送の魚が徐々に増え、切り身へ加工された商品の品揃えも広がっていきます」

売り場の変化は、商品の形だけにとどまらない。

「コロナ禍以降は、品揃えが大きく様変わりしまして、加熱調理済みやミールキット、ロングライフの商品が増えました。さらに、免疫力を高める商品や、フードロスを減らすといったことへの関心が高まりました。現在は物価上昇に伴う、生活防衛に向けた品揃えも求められています」

売り場に並ぶ商品の形が変わると同時に、売り場のレイアウト、品揃えといった構造そのものが変わっていった。

「一般消費者が魚を買う場所は、いわゆるスーパーマーケットがおそらく7割くらいかと。来店したお客さんは、大雑把にいえば来店前に夕食のメニューを考えているのは、2割か3割くらいで、それ以外は売り場に入ってから考えます。そうなった時に、最初に目につくのがだいたい青果売り場です。近年は惣菜売り場の場合もありますけれども、青果売り場の次に肉か魚という順番で、お客様は店内の売り場を回っていきます。そのため、青果でのインパクトあるメニューの提案によって、今夜は鍋にしよう、すき焼きと寄せ鍋どちらにしようか。そこですき焼きに軍配が上がれば、その先の精肉売り場で肉を手にとります。店のレイアウト上、水産売り場は間違いなく通りますが、何らかのインパクトがないと、ながめるだけになってしまいます」

これは、青果が集客の手段という経営上の話だ。さらに、自宅で食事をとる機会が激増したコロナ禍から、多くの食品スーパーで強化された惣菜売り場が、この流れを後押しする。

「水産に関連する魚の惣菜は、アジフライや白身魚のフライなどが伸長していますね。少子高齢化、共稼ぎは国内マーケットの流れのため、惣菜の強化は、時短・簡便・個食にもつなげられ、時代に即しています。ただ、どこの食品スーパーでも惣菜は強化する売り場であることから、こだわり・品揃えなど、同じような売り場になることは否めません」

売り場の優先順位は、経営判断によって決まる。こうして、魚売り場は縮小され、奥へと下がり、結果として消費者の接触機会が減っていく。魚は「選ばれない」のではなく、いつの間にか「選ばれる前に通り過ぎる存在」になっていった。

揃えやすさが生んだ魚種の偏りと売り場の均質化

売り場の変化は、並ぶ魚の種類にも影響を及ぼしている。現在の総合・食品スーパーマーケットで見かける魚種は、ある程度共通している。

「品揃えのため、安定して調達しやすい魚介類に偏りつつあります。マグロは天然と養殖、養殖サーモン、養殖マダイ、養殖ブリ、カツオのタタキ、ボイルタコは刺身類の定番。産地や品質に違いはあるものの、消費者からみれば、違うのは価格くらいでしょう」

加工や流通の効率化は売り場の負担を軽減する一方で、魚をさばく技術の蓄積を難しくする側面もある。

「産地でフィーレ加工されたものを入れると、店にとっては、魚をさばいた時に出る残渣が減り、作業も軽減しながら商品を並べられます。ただ、残念なことに、その代わりに店舗の技術力は失われてしまうんです」

なぜか。かつて、店舗には技術が必要だったからだ。水産売り場では、丸魚で仕入れた魚を三枚おろしや刺身にした商品を並べることが前提となっていた。

「私が入社した40年前は、2000人の新入社員のうち50名くらいが鮮魚売り場に配属されました。私もでしたが、新入社員は魚を扱った経験はほぼありません。先輩社員や当時は店舗にいた職人さんがトレーナー的な存在として、技術を教えていました。基本を覚えるだけで1年はかかります」

まったくの素人が出刃包丁を扱うのは苦労が伴いそうだが、水産売り場に技術は必須だ。そのまま利益にも影響するからである。

「歩留まりは経営的には、すごく大切なことです。たとえば、10キロのブリを切り身にすると、平均的な技術であれば55%ぐらいをとれます。1切れ100グラム換算だと55切れですね。ですが、技術力がなければ50%になり、50切れしかとれません。上手い人だと58%から60%近くは切り身にできることもあるので、技術の差は大きいです。どんな魚も頭、骨、内臓、尾があるので、その分の残渣が発生します。歩留まりが多くなれば、売価設定も割高になってしまいます」

こうした状況のなかで、水産売り場は次第に「扱いやすい魚」、売れ方を基準にした品揃えへと寄っていく。そして、加工済の商品が並ぶほど、魚をさばく技術は現場に残りにくくなる。売れ筋商品を調達するのは至極当たり前だが、結果として似たような魚種が並ぶ。

「お客さんはまずいとは言わないです。でも、まずい魚は二度と買わない。そうやってお客さんは離れていきます。ですが、これに気づかないと、競合ができたからなど、ほかに理由を求めてしまうこともあります」

さまざまな積み重ねが、売り場全体の均質化を招き、消費者は魚を“選ぶ楽しさ”を失っていった。

売り場から見直す魚との距離と選ばれ方の再設計

魚が売れなくなったという現象は、売り場の選択と消費者の嗜好が積み重なったことで生じていた。だからこそ、その関係は売り場から見直すこともできると小谷さんは話す。

「そんなに難しいことじゃないと思います。頭のついた魚をまず20種類ぐらい並べればいいのです。街の鮮魚店って、そんなに大きなスペースじゃなくても成立していましたよね。頭がついた魚はインパクトがあるので、水産の売り場の前で足を止めることができるはずです。関心を持たれても売れない、という声もあるでしょう。売り残ればロスになると。ですが、近年はこれらを克服して、頭がついた魚の仕入れ値を抑えて、試験的に販売する店舗も出てきています。未利用魚や低利用魚、不揃い、突発的に獲れる魚に向けた情報収集と売り方に向けた創意工夫があれば、物価高のなかでも経済性が高い魚は存在しています。これまで品揃えしてなかった魚が店舗に並ぶことにより、水産売り場の魅力が増すことは間違いありません」

売り場の再設計は、なにも大きな投資や特別な設備から始める必要ではない。商品である魚を、売り場にどう並べるかという基本に立ち返るだけで、変化は生まれる。同時に、情報の出し方も見直す必要がある。

「ポップは価値を伝える有効な手段です。産地や脂のりや魚の状態の違いを伝えるだけでも、選ばれ方は変わってきます」

ここで前提となるのが、売り場の役割の整理だ。

「水産の売り場に並ぶ商品は、多くが水産売り場の担当者の方が、品揃えを決め、発注をし、品出しをしています。チルド多段ケースで販売されている頻度性の高い、調理の必要がない、工業型の商品、魚卵や海藻、珍味など、これらを日配売り場の方に管理していただいたらいかがでしょう。発注にAI化が取り入れられつつあるなか、水産では、丸魚や刺身、切身など技術が必要な魚へ特化して作業するのもひとつではないでしょうか」

売り場の管理を分けることで、水産売り場は本来の役割に立ち戻ることができる。それがあってこそ、対面でのやり取りも売り場の価値を高める要素になり得るのだ。

「お客さんが魚をおろして欲しい、切って欲しいという希望に合わせて、その場で切る。それだけで売り場は変わります。頭のついたまま売られている魚が多い店は、鮮度が良い。これだけを知ってもらうだけでも、違ってくるでしょう」

消費者の売り場の見方が変われば、スーパーマーケットのあり方も変わってくる。

「水産売り場の活況は、スーパーマーケットにとってなくてはならないものです」

売り場は一方的に変わるものではない。消費者の選択と連動して少しずつ形を変えていく。日常から魚が遠ざかったのは、消費の変化が積み重なった結果だった。であれば、その距離を売り場から縮めていくことも可能である。

並べる魚を変えること、扱いを変えること。そして、選ばれ方を変えること。その積み重ねによって、魚は再びスーパーマーケットで、日常の選択肢として位置づけられていく。

プロフィール

小谷 一彦

魚食普及推進アドバイザー
お魚かたりべ

魚が売場から遠ざかった、スーパーマーケットの選択の構造
東京都生まれ。㈱イトーヨーカ堂に入社し、店舗での水産売場を担当後、首都圏、東北、中京での仕入れを担当、商品部で約25年間、仕入れや開発に従事。2018年より食品スーパーの水産売場や水産加工企業、水産卸などへの食のコンサルティングを行う。魚食文化の普及・伝承に向けてお魚かたりべ(水産庁長官任命/2012年)、大日本水産会魚食普及推進登録講師(2017年)として、小学校への出前授業などを通じて魚食の魅力を伝える活動も行う。